02 どうして君は離れていくの?
「等速直線運動だよ」
「え? どういうこと?」
私はユウコに聞き返したけれど、ユウコはそれ以上話してくれなかった。ただぼうっと海岸線を眺めているだけだ。テトラポットの一番てっぺん。前にバランスを崩したら海。通りかかった人に大声で怒られそうな程危うい体勢で私達は海を眺めていた。ここがいつものお気に入りスポットだった。授業終わりのユウコと私だけのホットスポットだ。
ざざん、ざざあん。足下で波が暴れてサンダルにかかる。私の足にぴったりとはまったそれは落とすことはないけれど、ぶらぶら振るとかかとがかぱかぱ外れて背筋がひやひや。
ユウコはあれ、と指を指す。ぴんと張られた真っ白な腕は的確に水平線の向こうの小さな粒を追いかける。あれは船だった。海と空の曖昧な境界線を切り分けるようにゆっくりと進む船。ユウコの指先がそれに併せてゆっくりゆっくり私の方へ移動する。なるほど確かにあれは等速直線運動だ。一定方向に一定の速度で移動する運動。ついつい最近物理の授業で習ったような気がしなくもない。
「でも、地球って自転も公転もしてるじゃん」
「うん」
これも授業で習った話。地球は太陽の周りをくるくる回りながらゆっくりと一周する。私がやったら一回で目を回しそう。そんなことを地球は四十六億年も繰り返しているのだ。でも、それのおかげで太陽が昇ってきたり、沈んだりを見れて、さらにさらに四季もあるのだ。地球の頑張りで私達はいろんな環境を体験できているのだった。
それをいきなり、ユウコが言ってきた。不真面目な彼女が授業の復習でもしているのだろうか。珍しさから相槌しかうてなかった。今日のユウコは一段とセンチメンタルだ。ユウコの横顔は静かで、瞳には波が反射してキラキラと輝いている。
「もしさ」
「……うん」
重苦しい声で、ユウコはまた口を開く。
「私が地面に固定されて、ううん、マントルくらいまで固定されててさ、や、むしろ宇宙に固定されててさ」
「それってどういうこと?」
「言うのが難しいなぁ。ええとね、私が言いたいのは地球と一緒に動かなくなったらって思って」
「……宇宙に固定かぁ」
ユウコの言いたいことがなんとなくわかった。ユウコだけ重力とか引力とか、いろいろ作用する力を無視して、地球から放り出されたって事だろう。
「きっとさ、私が動きたくても地球に振り落とされてさ、追いかけても追いかけても地球に追いつけなくなっちゃうのかな」
「すごいスピードだもん」
「うん。しかも、ヒトミは何もしないのに離れていっちゃう」
その時のユウコといったら、すごくすごく悲しそうな顔をしていた。そんなことないのに。ユウコはちゃんと地球と一緒に動いているのに。
「もしそうなったら、私もユウコと一緒にいるよ」
「引力、裏切ってくれる?」
はじめてユウコと目が合った。きれいだ。ざざん。ざざあん。
波の音が壁にぶつかっているのに静寂。ユウコは真剣だった。なんだか照れくさくなって目をそらしてしまう。
それから小さく頷いた。
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