【連載4】本当の敵
とある小さな村に着いた。
豊かな森に囲まれ、清らかな川沿いに広がったのどかな村だ。
日はだいぶ傾いてきているので、今日はこの村で泊まることになるだろう。
野営が続いていたので、柔らかいベッドで眠れることがありがたい。
我々男性陣はそれほど気にしていないが、唯一の女性である僧侶は風呂にも入りたいだろう。
「私だけでなく、皆さんもお風呂に入ってくださいね、どちらかというとあなた方の方が臭いますので」
そう思っていたら釘を刺された。
確かに、魔法使いはともかく、勇者と戦士と私は、魔物との交戦でかなり汚れている。
お嬢様育ちである僧侶からすると耐えられない悪臭を発しているのかもしれない。
そう思いながら、村の入り口へ足を踏み入れる。
と、その時、村の遠く、外れの方から何やら悲鳴のようなものが聞こえてきた。
それほど大きな声ではなかったが、静かな村には十分だったようで、方々から悲鳴を聞きつけた何人もの村人が声のする方角へ向かっていく姿が見える。
私たち一行も、彼らの後追って駆けつけると、集落から少し離れた位置に立つ小さな家には既に小さな人だかりがあった。
「何があったのですか?」
勇者が声をかけながら近づく。
「わからないけど、大きな物音がしたと思ったら、中から悲鳴が聞こえて…」
「わかりました、危険かもしれない。私が行きましょう。」
武器に手をかけながら慎重に家の扉へ向かう勇者。
このあたりの行動力はさすが“勇者様”だ。
とはいえ慎重に、勇者が半開きになっている扉の中を窺う。
私のその後ろから中を覗き見る。
扉の向こうは廊下などではなく、そのまま部屋になっている簡素な造り。
部屋は激しく荒らされていて、木製のテーブルやイス、が倒され、陶器類が散乱し、大きく開け放たれたカーテンが風で揺れている。
そしてその窓のすぐ下に一人の女性が倒れていた。
「大丈夫ですか!どうされましたか!」
その姿を見るや否や勇者と僧侶が駆け寄る。
戦士は窓際まで進み、窓から外を警戒し、私は剣を構えて奥にあるもう一部屋の中を注視した。
もう一部屋は寝室だった。
部屋の隅にあるベッドの他には、大きめの棚が据え付けられ、はめ込み式の引き出しが外されて、衣類などがぶちまけられている。
荒れてはいるが、人や魔物の気配はなかった。
寝室をひとしきり見回してから居間の方を振り返ると、僧侶が支えながら女性が起き上がっていた。
「…突然、魔物が押し入って来て、テーブルの上にあった食べ物を奪っていったんです」
弱々しく女性が口を開く。
恐怖で取り乱すというよりは、悲しみに暮れているという様子だ。
勇者が優しく声をかける。
「それはひどい。おケガはありませんか?」
「はい、私を傷つける気はなかったようで、物だけ盗ったらすぐ窓から出て行きました」
女性は気落ちはしているものの、冷静に応えている。
「いろいろお聞かせいただきたいですが、ここでは落ち着かないでしょう、どこか安全で安心できる場所へ移動しましょう。」
女性に大きなケガがないことが分かると、勇者は彼女を支えながら立たせた。
僧侶がそっと彼女の手を取って寄り添う。
「どなたか村の方、彼女がゆっくりできる場所へ連れていきたいのですが、案内していただけませんか?」
「あ、では私が近くの宿屋まで案内します、こちらへどうぞ」
扉の外側から、心配して中の様子を見ていた人だかりの中から一人の男性が名乗り出てくれた。
勇者は無言で頷くと、女性を支えながらその男性の案内について歩き出し、僧侶と魔法使いもそれに付き従う。
人だかりの中から女性を心配する何人かも同行し、村の真ん中の方へ向かっていった。
“華麗な人助け”の後、残された戦士と私で、現場を調べることに。
部屋は荒らされているはいるものの、何かが壊されたりはしていないようだ。
奪われたのは主に食料。
棚の奥の袋の中には少量の銀貨、銅貨が入っていて手付かずだったことを考えると、空腹に耐えかねた魔物が人家へ侵入して食べ物を奪って逃走、といったところだろうか。
家の中をゴソゴソしていると、村の警備兵らしき人が来て、かなり怪しまれた。
よく考えたら、よそ者が空き巣をしている状態であることに気が付いて焦ったが、そこは戦士が事情を話すと、警備兵はすんなり警戒を解いて歓待してくれた。
「勇者様ご一行でしたか、大変失礼いたしました」
「そこの方もご苦労様です」
微妙な言い回しの差で、戦士と私の扱いの違いを感じる。
そこへ先ほど勇者たちを連れて行った男が現れる。
「勇者様は今、村長とお話しされておられます。皆様もお連れするようにと…」
言われるままについていくと村の真ん中あたりの大きい屋敷の中へ案内された。
村長の家だそうだ。
中へ入ると大きな応接のソファに勇者、魔法使い、僧侶と、被害者女性、そして白髪のヒゲの老人の男性が座っている。
この人が村長か。
「ご一行の方々、ありがとうございます。ぜひこちらへおかけくだされ」
70歳ほどであろうか、簡素ではあるが仕立ての良い服に身を包み、落ち着いた様子で私たちに着座を促す。
「最近、森の中に棲む魔物の集落から、わが村へ食料を奪いに来ることが頻発しておりまして、
今日は幸い被害は少なかったのですが、集団で襲われ大ケガを負わされることもあり、大変困っているのです」
私と戦士が座ると、村長は村の惨状を話し始めた。
この村は森と川の間の狭い平原にある。
村の主産業はこの近い森から切り出した木材を、川で下流に運ぶ林業なのだが、村の収入源であると同時に、こういった治安上の問題も同時に発生する。
近年、深くまで伐採を行うようになり、魔物の生息域を接してしまったことにより魔物たちが村の生活圏に出没し、村の外れの民家が襲われるようになってしまった。
一度人間の食物の味を覚えてしまい、また武装していない人間が強くないことに気が付いた魔物は夜だけにとどまらず、日中でも平然と現れるのだという。
「勇者様、どうか魔物たちを退治していただけませんでしょうか。
巣の場所はわかっております。村の者に案内させますので、何卒お引き受けいただけませんでしょうか?」
「わかりました。人々の安寧を脅かすものを排除するのが私たちの使命です。ぜひ引き受けさせてください」
二つ返事で依頼を了承する勇者。
他の一行も異存はなく、無言でうなづきながらお互いの顔を見合わせる。
「ありがとうございます。それでは準備は村の方でさせていただきます。
ご一行は、今宵はお部屋をご用意いたしますので、明日に備えお休みくだされ」
村長は胸をなでおろし、我々は村の宿屋へ案内された。
絵に描いたような、いや、物語につづられるような美しい“勇者の物語の一説”の流れ。
こういう人助けを積み重ねて、勇者伝説は紡ぎあげられていくのだろう。
明くる早朝。
宿に迎えに来た大柄な男性の案内で、我々一行は森の中の一本道を進んでいく。
林業で使う道なのだろう、荷車が通れるほどに広く、ならされていて行程は順調に進む。
そして1時間ほどその道を進んだ後、道の側面のわずかな木々の間へ入っていく。
いわゆる獣道だ。
人間ひとりが歩くのでやっとの道幅、あまり踏み固められていない足元を、案内人はすいすいと歩く。
さすが森の男といったところだろうか。
武装のつもりか、大ぶりの斧を背負っているのだが、そんなことを意に介さない足取りで前へ。
旅慣れている側である我々の方が必死で後を追う形で進んでいった。
日が高くなったころ、獣道が少し開け空が見えるくらいの広い空間が現れる。
「やつらの巣はあそこです」
案内人が指さした先には、倒木の幹を組み合わせ、藁や草木で屋根を作ったテントのような“建物”がいくつか見えた。
建物の物陰にはうごめく影が。
人型に近い魔物の種族、いわゆるゴブリンと呼ばれる魔物だ。
雑食で何でも食べ、獣よりも賢いが、人間よりは知性は低く、よく人里で悪さをする。
やつらが村を襲ったので間違いはないだろう。
隠密行動をするのかと思っていたが、案内人は身を隠す様子もなくまっすぐゴブリンの巣へ向かっていく。
彼の姿を見たゴブリンたちは慌てふためいた様子で巣の中に入り、朽ちかけた剣やこん棒などで武装して現れる。
「さあ、勇者様、こいつらを成敗してやってください!」
案内人が後ろを振り返って叫ぶ。
その隙を見て一匹のゴブリンが斬りかかってきた。
「危ない!」
勇者が叫ぶのと同時に、背後から魔法使いの光の矢が鋭く飛んでゴブリンに命中する。
ギャーッ…!
悲鳴と焦げたにおいと煙を放ちながら崩れ落ちるゴブリン。
それが開戦の合図となり、勇者と戦士と私が一斉にゴブリンへ攻撃を仕掛ける。
成人女性よりやや低い身長でそれほど強くはないゴブリンたちは、勇者たちの敵ではなかった。
それほど大きな群れでもなかったためか、数刻で大勢は決まり、全てのゴブリンが我々の前に斃れた。
「素晴らしい!さすが勇者様ご一行です!」
大喜びで我々の勝利をたたえる案内人も、戦いの際には軽々と数体のゴブリンを屠っており、彼の斧にはべったりと血が付いている。その戦いっぷりを見ると、彼がいれば村人たちだけで退治はできたのではないかと思ってしまうほどだった。
戦いの後、巣の間を見回る。
鼻をつく悪臭で、藁やボロ布を集めているだけの寝床と、盗んできたものなのか欠けたコップなどが置いてあり、
小さな袋のようなものの中にはどんぐりや貝殻のようなガラクタが入っていた。
彼らの価値観での貴重品なのだろうが、人間から見てとても価値があるようなものではなかった。
ふと物陰で気配がした。
目をやると子供のゴブリンが2匹、怯えて震えながらこちらを見ている。
そうか、巣なのだから子供いるか。
無抵抗な子供を手にかけることは憚ってしまうが、彼らを生かすとこれが禍根となってまた村に被害が及ぶ。
かと言って勇者の英雄譚に記すにはやや見苦しい部分だ。
気は進まないが、こういう汚れ役は私が引き受けるべきなのだろう。
勇者たちに子供殺しは似合わない。
そう思って剣を構え直したところで、目の前の子ゴブリンたちが血しぶきをあげて倒れた。
その傍らには、無表情で斧を持った案内人が立っている。
「大丈夫です。お気になさらずに」
何の感情も表わさずに淡々と“処理”をできるこの男の歩んできた人生とはどんなものなのだろう。
本当に単なる木こりなのだろうか。
とはいえ、魔物退治は無事完遂した。
だが完勝とはいえ、一行に笑顔はない。
みんなそれぞれ、何かしらこの任務に対する違和感を覚えていたのだろう。
誰も無駄な口を開かず、足早に村への帰途を急いだ。
夕刻には村に着き、村長に報告に向かう。
いつ知れ渡ったのか、村の中を歩いていると大いに戦勝を祝われ、礼を言われた。
「よくぞ憎むべき魔物どものを討ち滅ぼして下さいました。
被害に遭った者たちも浮かばれます」
「この村を襲っていたのは、本当に今日討った魔物たちなのでしょうか」
仰々しく礼を述べる村長の言葉に、勇者は力なく笑顔で応える。
「勇者様が浮かぬ表情をされておられる通りです。
魔物は退治されましたが、この村はやつらのせいで大変な被害を受けました。
今はなんとか、この村に住む者が食っていく分はありますが、
このままでは、この村に嫌気がさし、思い悩んだ若者たちがどんどん村の外へ出て行ってしまうでしょう。
勇者様、この村の惨状を、どうか王都の偉い方へお伝えいただけませぬでしょうか。
皆様からのお口添えをいただき、王国より村へ援助をお願いしたいのです」
村長の狙いはここだった。
今までゴブリンの襲撃が全くなかったとは言わないが、あの程度の魔物の群れなどこの村の脅威ではないだろう。
ゴブリンの巣は極めて不潔であった。
やつらの一味が民家を襲ったのだとしたら、あの家にはかなりの痕跡が残ったはずだ。
足跡や手形、強烈な臭いなど、襲撃の直後であったのにもかかわらず、ゴブリンが侵入した証拠がまるでなかったのだ。
今日、ゴブリンの巣を訪れるまで、襲った魔物が何だったのかもわからなかった。
さすがに世間知らずの勇者一行でもこの魔物の襲撃が、村の自作自演であることに気が付いた。
「村長、家を襲ったのは本当に今日の私たちが倒した…」
問いただそうとする勇者の腕をつかむ私に、何をするのかと振り返る勇者。
その隙に、僧侶が口を開く。
「村長の陳情、我が教会を通じ、援助をお出しいただくよう手配をしたいと存じますわ」
微笑みながらゆっくりと穏やかに、了承の旨を伝える僧侶。
「おお、聖女様ありがとう存じます。
あなた様方のこの村でのご功績は、末代まで語り継がれることでしょう」
大いに満悦した村長は宴の開催を申し出てくれたが、それは丁重に断った。
そして夜、食事もそこそこに宿の一室に引きこもる一行。
勇者が口を開く。
「あの襲撃は自作自演だ。
援助のために魔物たちに罪を着せて殺したんだ」
僧侶が応える。
「そんなことはわかっています。
でもあの場では、了承すること以外に選択肢はなかったでしょう?」
部屋の隅で窓から外を見ていた魔法使いが吐き捨ているように言う。
「こんなことを画策する連中だ。
ここで断れば俺たちはこの先、どんな悪評を立てられるかわかったもんじゃない」
そう、一行は断れない。
勇者というのも人気商売だ。
各地で転戦し、名声を高めていかなければ、旅は続けられない。
悪評が広まってしまえば、王国は勇者一行を罪人として追討するだろう。
王政を頂き、支配権と徴税権を行使する以上、王は武力、財力、そして威信で民を納得させなければならない。
魔王討伐隊は、格好の“支持率獲り”のパフォーマンスなのだ。
魔王による社会不安に喘ぐ今、王国は、解決策としての魔王討伐隊を繰り出してきた。
その王の一手を、この村の村長は見事に手玉に取ったのである。
本当の敵は魔王ではない。
もちろん、狡猾なたくらみを巡らすこの村のような民たちでもない。
彼らを荒ませた貧しさが原因なのだろうか。
貧しさの理由はこの王政にあるのだろうか。
村長は「食っていけるだけならできる」と言った。
食う以外、生きること以外の何を求めるのか。
人は、生きていくこと以上を求めるから、今を貧しいと感じてしまうのだろうか。
人に備わる向上心こそが、人を争わせる原因になるのかもしれない。
人が争うのを止めることはできないのだろうか。
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