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作家にとって作品作りよりも大事なこととは

作家志望者の方に創作におけるおすすめの本は何かと問われたら、僕はまずまっ先にこれを勧めます。

『読者ハ読ムナ』という本です。

作者は藤田和日郎先生。いわずとしれた『うしおととら』の漫画家さんです。レジェンド漫画家ですね。

一応商売柄創作系の本はなるべく目を通すようにしているんですが、この本が秀逸でいいんですよ。漫画家志望の方はもちろんですが、小説家志望の方もぜひ読んだ方がいいです。というかクリエイターは全員必読ではないでしょうか。

本の構成としては藤田さんのところに新人アシスタントがやってくる。その新人アシスタントに藤田さんが漫画家としてのノウハウを教えるというものです。

その中でまず最初にやることが、映画をみんなで観ることです。

藤田さん、アシスタントの方々と仕事をしながら映画を観て、五点満点で点数を付ける。映画を観終わったらせーので点数を出して、なぜその点数を付けたか理由を語る。

この意図はすぐにわかりました。作品の評価を言語化することで、自分が何を面白くて何をつまらないと思っているかを理解できるんです。

わざわざそんなことをしなくてもわかるだろって思われる方もおられますが、これが意外にできないんですよ。

面白い、つまらないの一言だけではプロの作家にはなれません。

このシーンが面白い。なぜ自分はこれを面白いと思ったんだろ? 絵に迫力があるから? それだけじゃない。主人公が自分の殻を破って、はじめて剣を振るったからだ。つまり自分はキャラが変わる瞬間が好きだ。その瞬間が、敵に果敢に立ち向かうところだったらぐっとくる。

こんな感じで何度もなぜをくり返して、自分のツボを理解することが大事なんです。作品を因数分解するわけですね。

そのためには言語化が欠かせない。言葉にしないと、自分も他人も理解できないんです。伝説の編集者といわれる鳥嶋和彦さんは、漫画家に一番大事なのは国語力だとおっしゃられていますからね。小説家もそうですが、言語化能力はクリエイターにとって本当に大切です。

藤田さんが新人アシスタントに映画の感想を課しているのは、自分自身を理解させ、言語化能力を鍛えるためです。

それと、藤田さんが何を面白くて何をつまらないかをアシスタントに理解してもらうためです。週刊連載の漫画はチームで作りますからね。藤田さんの意図をどれだけアシスタントが深く理解するかは作品のできを左右します。

この映画の感想を言い合う目的は僕もすぐに察したんですが、これにはもう一つの意図が隠されていたんです。

それは、自分と自分の作品を切り離す訓練のためです。

この一文を読んだとき、なるほどと膝を打ちましたね。これは名著だともうこの時点で確信しました。

藤田さんは、漫画家が編集者と自分の作品について語るときの練習をさせているんです。

プロになると、編集者は鬼のようにダメ出しをします。もうボロクソいわれることもあります。僕も経験ありますよ。

ただ僕の場合は放送作家の経験があります。ディレクターからこんこんとダメ出しをされていたので耐性があるんですよ。これがいきなり小説家になっていたらメンタルきつかっただろうなっていうのが容易に想像できます。

というのも作家というのは、自分の作品がけなされると全人格が否定された気分になるんですよ。

作品は我が子だみたいな表現をするじゃないですか。作家って必死で魂を削るような想いで作品を産み出すので、そんな気持ちにもなるんです。

その大事な大事な作品を全否定されたら、そりゃむちゃくちゃ腹立ちますし、ショックを受けますよ。

でも編集者は作品をよくするためにダメだししてくれているんです。あなたの人格を否定しているわけではない。

編集者はまだましですよ。世間はもっと厳しい。いったん作品を世に出すと、もっと強烈な罵詈雑言を浴びせられます。もう精神的にズタボロになりますよ。作家の中にはそれで作品を書けなくなった人もいますからね。

そのためには作品と自分を分けるトレーニングが必要なんです。

この編集者、読者は強烈に批判してくるけど、これは自分の作品を言っているだけで、自分自身を否定しているわけではない。

こういう風に考えないとだめなんです。昔とは違い今はSNSで見たくなくても自分の作品の感想を目にしてしまいますからね。批判耐性能力が必要不可欠なんです。

そんなこと言われないほどの完璧なものを書けばいいじゃないかという人もいるかもしれませんが、どんな完全無欠な作品でも文句を言ってくる人はいるわけです。エンタメというのは好みですからね。

あとたとえ人気作家で何を書いても売れる状態になっても、それは永遠には続かないわけです。どんな人気作家でも一生売れ続けることは不可能です。いつか終わるときがくるんです。

かつての売れっ子作家が時を経て、現状本を出すこともできないなんて話はごろごろあります。

人気のあるときはパーティーで編集者が自分の前に列をつくっていたが、人気がなくなると年賀状すらくれなくなる。原稿を持って行っても、迷惑そうな顔をされて目も通してくれない。そんなときがどんな作家にも訪れるんです。

そこで作品と自分を同化していたら、もう自分自身の命が終わったと感じてしまいます。自殺する作家が多いのもそのためです。

でもそこで作品と自分は同一ではない。作品が認められないだけで自分を否定されているわけではないと思えれば、精神的には安定するんです。

だから作品と自分を分けるという考え方は、作家としては生命線になるわけです。

その練習のために、藤田さんは映画の感想をみんなで言い合うんですね。この先輩は俺が好きな映画を全否定してくる。俺を馬鹿にしているのか。よしっ、殴ろう……となってはダメなわけです。

好きな映画を否定されただけでこれだったら、自分の作品を否定されたら殺人事件に発展しますよ。

プロを目指す人のためにまず、藤田さんはこの訓練をさせるわけです。それがプロの作家としてのライフラインになると経験からわかっているわけです。

いやあ、自分もプロになってからこの教えの重要性がわかるんですよ。まず作品作りの前に、この訓練をさせるっていうのが凄い。

おすすめの一冊です。


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