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酔って思ったことを連綿と書き残す57「桜桃忌でした」

ロングはしがき。

2024年6月19日、水曜日、超晴天。
前の日は土砂降りでしたけど、まあ、おっかないほどに晴れました。
太宰治さんの命日、桜桃忌に行って参りました。

三鷹駅に着いた途端、エキタグというアプリのスタンプを探しまくりました。難敵だったー。三鷹のエキタグ。
改札一つしかないはずなのに、まったく見つからなくて。
結局、そんなところに「Touch!」を設置しないでくれ、わかるはずもない、というところにありました。自力では無理です。「嘘でしょ?」という場所にありました。お店とお店の間の柱、って。見ない。見ない。さながら、サイゼリヤの間違い探しのようでした。
余談ですが、吉祥寺駅も、結構エグかったです。中央線はビギナー向けじゃないんですね。


とはいえ、取得日が6月19日。
最高じゃあないか。
しかしやはり、スタンプでも太宰さんを推しきれない三鷹市。
生活用水に飛び込んじゃってるからね。
そりゃ、駄目でしょうね。

スタンプもどうにかゲットし、まずは、玉川上水そばにある喫煙所で紙煙草(なぜかハイライト)を喫みました。そのまま、勢いよく入水地点へと向かいましたが、もう、雨のち晴れの晴れは、「ここは、名古屋かい?」というレべルのじめじめ感。
早々に、心が折れ始めました。
ふにゃふにゃと歩き、入水地点で手を合わせ、再び喫煙所へと戻ります。
喫煙所は、当然、冷房なんか設えてありません。密閉された、紫煙サウナです。手持ちの小型扇風機なんてオンにしてごらんよ。
己が風下になるんだぜ。
煙草と命、さあどっち? なんて感じで、喫煙者は各々、暑さと戦います。己と戦いながらも、施設の入り口には、命と引き換えに煙草を吸わんとする猛者が、炎天下の下並んで待っております。
私たちは、愚かですね。
そんな地獄を脱し、コンビニで買った水を煽るように飲み、頭が無性に痛いのでロキソニンをドーピングし、太宰治展示室へと向かいました。
ちょうど今、太宰さんの描かれた絵が展示されていまして。
天才ですね。
私も、幼少期は絵でブイブイ言わせてた口ですが、太宰さんの絵って、らくがきが特に顕著だけど、もう、今時の漫画みたいな、ジョジョ的な絵を描いてるんですよね。
きっと画家でも大成したのだろうな、と思います。その辺は、L'Arc〜en〜Cielのhydeさんとも似てますね。あのお方も、すっごいうまいんですよ、絵も、デザインも、卓越してて。言葉遣いも、突き抜けてますし。
空へと落ちてゆく。
In the air、って曲の引用ですけど、好きだなあ。

閑話休題、それから、太宰治文学サロンへ行きました。
前回お墓参りに行った時、祝日明けの火曜日に行ってしまって、休館日で、開いてなかったんですよね。
初めてでした。
あんなほんわかしてるとは思わなんだ。
ただ、めっちゃ読みたい本もあったけど、混雑してたし、読むスペース、外っぽいよね? という、ふわあっとした不安で、手には取れず。
ひとまず、たくさん、お土産を買いました。明日は、同僚たちにそれを配ります。
太宰治クッキー。
そんなお土産をもらう人、なかなかいないでしょうね。
それをPayPayで支払いまして、その時にスマホに表示された「太宰治文学サロン」に、エロ親父のように頬を緩ませながら、ちょうどお昼時になってしまったので、どうしようかな、三鷹のサイゼリヤ、『斜陽』爆誕の地に突き進もうか、悩んだのですが、宿泊地の鶯谷のすき家で、まぜのっけ朝食を食べちゃってたのよね。
小盛りとはいえ、おなかがいっぱい。
なのでそのまま、禅林寺へと向かいました。
三鷹のゼリヤで、よく焼きのピザを頼みたかったな。
しゅっぱいだ。


禅林寺です。
宇宙大元帥さま!
リンタロウ!
実は、森先生に、お饅頭を買って行こうと思っていたのですが、うっかり失念しておりまして、代わりにクッキーをお供えしました。

Metsとお水の間。
太宰治「津軽」クッキー(お土産用に買っておいたやつ)。
まあ、桜桃も置かれてるぐらいですし、いいかな、って。
ごめんなさいね、森先生。
次はちゃんと、葬式饅頭買います。あと、Metsは、お好きだったのですかね? その頃からあったもの?
今思うに、マニアックな墓前?
明日、酔いが覚めたら調べてみようかな。

そして、今日の主人公。

D先生!

ちょうど、ご飯時だったからでしょうか。然程集まるというわけでもなく、四、五人ほどのファンの方々が常駐してらっしゃいました。その後、続々と。
メディアの方でしょうか、シャッターチャンスを狙って、カメラ片手に、脱水症状の如くふわふわとなさっておりましたが、その後、大丈夫でしたでしょうか。
あとは、あまり詳しい事情はわかりませんが、案外と、女子がお墓参りにいらっしゃるんですね。それも、思いがけず、若く、ゴリッとした女子が、燦々と日の照る中にいらして、熱心に、墓標をお見つめになっている。
死してもなお、モテモテ。
モテる男は辛いですね。
私は味の素と、道中、まいばすけっとで買った鮭缶をお供えして参りました。
どーん、と真ん中に置いちゃった。
いや、あの、そこしかもう置くスペースが無かったのよ。
不敬な気もしたけど、置いちゃいました。

そのあとは何も考えてなかったのですが、なんとなく井の頭公園方面へと歩いて行きました。歩きながら、そうだ、京都行こう、ぐらいの勢いで、そうだ、牟礼に行こう、となりました。
太宰さんのご遺体が上がった場所ですね。
とはいえ、灼熱、日陰なし、思ったよりも遠い、という三重苦に見舞われまして、小型扇風機が私の命を繋いだといっても過言ではない。あとはファミマの1リットルの水。

この辺りにある新橋の少し下流、玉川上水が左へと大きく曲がる手前らへんが、ご遺体の上がった場所のようなのですが、それは後で知りました。
なんとなく三鷹の地図を見てて、この辺じゃないかなあ、と思って行ったら、偶々当たってただけです。
ここでも手を合わせました。
そのまま、井の頭公園へと引き返します。
シンプルに、休憩がしたかった。
暑いのと、こっそり煙草を喫みたかったのと。意外と、喫煙所ないんですね。


人生初、井の頭恩寵公園。適当に歩を進めていると、やっぱり玉川上水に到着しちゃう。
で、ふと思ったんです。
結果的に、さっき立ち寄った牟礼で発見されてるということは、太宰さんは井の頭公園内を流れていった、ということですよね?
その時は発見現場をわかってなかったけど、入水地点から1km先で発見、ということですから、思いっきりここを流れたことは、合ってるよね?
と、思い、しばし眺めておりました。
ここを、どんぶらこ、どんぶらこ、なさったのですね。急に井の頭公園が切なくなっちゃった。
ここでも手を合わせる私。


池も初めて拝み。


その日の夜も、居酒屋をはしごしました。二日前に上京し、毎夜、はしご酒。結局、三日間で9軒行きました。写真は、今年の3月、行きつけの居酒屋でボトルキープした時の落書きです。毎回、何かしら落書きするんです。

このお店の常連になった当初、非常に可愛がってくださったKさんが、5年ほど前に脳梗塞で倒れてしまわれて。以来、情報がまるでなかったのですが、今年の初めに亡くなっていたことを聞かされました。
随分と頑張ったのね。
この日の3軒目は、そんな亡きKさんとよくはしごした居酒屋で、共につるんでいた常連のSさんと一緒に、Kさんの思い出話に花を咲かせました。

この席で朝まで一緒に呑んだなあ、という話ですね。
本当に、面白いお方でした。隣にいるのに、ずーっと柳沢慎吾のLINEスタンプを送ってきやがる。
コロナ禍を挟んだ闘病生活だったから、何かと寂しかったでしょうね。
宿に戻ったら、二時でした。
長い一日でした。

そして、旅先で頭を休めるはずが、一人はしご酒ばっかりしてたので全く休められず、ついつい小説の続きを書いちゃいましたよ、が、以下になります。
『シン・死の媛』三章、前回の続きです。
三章のここまでのあらすじ。死の媛がとにかく虐められている。以上です。お可哀想に。
三章は短めで、残り二話の予定です。
今回は、ちょっとエログロ。



 今朝のドクトルは、随分とご機嫌だった。
 医務室に這入はいると、彼は祖国のものとおぼしき歌を口ずさみ、両手で指揮を執っている。三拍子を執っているが、歌は四拍子だった。
「グーテンモルゲン!」
 その足許には、裸の屍骸。男女一対、絡み合いながら事切れている。
「腹上死心中、大成功を祝して、嬢ちゃんもウヰスキーを如何いかがかな?」
 朝の九時です。
 診察をお願いします。
「相変わらず、つれないやっちゃな」
 返辞をせずに突っ立っていると、興醒めしたように指揮を執り辞めた。
「もっと、こう、あるでしょう! 『この屍体はどうしたんですか?』とか。『どうしたら、腹上死心中が可能なんでしょうか?』とかさあ」
 声を持たないのに聞けるはずもないし、さして興味もなかった。しかし、不機嫌になられても面倒なので、虚空に文字を書く。

 オメデトウゴザイマス

「おおきに、おおきに!」
 これを、体裁を繕う。或いは、付焼刃つけやきばともいう。
「嬢ちゃんはええ子やな!」
 しかし、陽気な酔っ払いにはこれで充分なようだった。僕をハグし、キッスをする。酒臭い。机の上には、酒瓶が転がっている。グラスは見当たらない。
「せや、嬢ちゃん、新しい『おもちゃ』の話はもう聞いた?」
 予定調和の科白だった。 
「こないだな、嘉国かこくのスパイを、わしっ! と捕まえたんやで」
 知っているし、返辞は控えた。代わりに、丸椅子に腰掛ける。
「それが、とっておきのスパイよ。内乱の時、うちらをチクりよった『グミベア坊や』にそっくりな兄ちゃんやったわ」
 さすがにそれには、僕も、ドクトルを見た。
「気になるやろ?」
 それは、燦州さんしゅうの、僕たちのスタアだった。
 グミベア坊や。略して、グミ。
 極右政党、虹の党ユルングの雇った使い捨ての少年スパイが、実は嘉国の本式のスパイだった。燦州内乱を終わらせた影の功労者が、実は少年だった、という話。彼が好きだった食べ物にちなんで、そう呼ばれている。
 フランスで映画化もされた。
「ぜえったい、あれ、グミくんやねん。それは、間違いない。うち、さんざ遊んだったもん。ドイツ語も教えたったし」
 ドクトルも、アルコオルを内包したからだを椅子に投げ出す。
「でもなあ、いっくら元帥がナイフでいじめても、笑いよるんよ」
 ちゃいまっせ、ってな。
 やる気のない外科医は、聴診器をも放り出す。
「あん子なあ」
 ユルングにとって、グミベアさんはスタアの真逆。
 ブラックホール。
「うちらをめ切った時、うちに、へらっと言いよってん。『さよなら』って」
 事情はよく分からないが、ウヰスキーの角瓶は半分ほどに減っていた。
「悲しかったわ」
 屍体を愛するドクトルにも、生者に対してそんな感情があるんだな、と思った。余程、可愛がっていたのだろう。
 真逆まさか、僕にも?
「  、」
 いけない。何だか、酔っ払いのペースに付き合わされている。僕は勝手に、机の下のチェスボードを取り出した。
 余計なことは、考えない。
「首の具合はもうええの?」
 それは、外科医が診るべき話なのだが、今日はもう無理でしょう。
 チェスも。
 そう思うそばから、目の前の白衣は角瓶を喇叭ラッパ飲みしている。余程。これは、再会のなげき。
 おそらく、今日は最短でステイルメイトに持ち込める。
 乱れた心は、容易たやすい。
「やるの?」
 しかし、逆だった。
 甘く見ていた。
 頭の良い人が、酔って頭がおかしくなることはあれど、悪くなることはない。彼の幼稚性も、所詮は道化。
 失念していた。
 彼の、案外な一手の連続に振り回され、惑わされ、掻き乱され、掛時計は正午を大きく回った。その頃には、彼の酔いも覚めかけている。
 今までで、いちばんの混戦になった。
「あー、もう!」
 盤上は、ステイルメイト。
 危なかった。
「勝ってえや!」
 ああ、不機嫌だ、と思う。これで、冗談でもこの望みを伝えたら、彼が奈落へと落ちそうだった。
 僕は、左人差し指で、望まない望みを書く。

 ナカニワノサンポ

「グミくんの釈放と、違うんかい」
 返辞は、しない。
「あー、もう!」
 かわやや!
 ドクトル・ディアベリは、ふらり、千鳥足で出て行った。
 そういえば。
 副総統閣下の姿を、今日は一度も見ていない。





 今夕、四十人全員を処刑した。

 ドクトルの右手には、意味深な紙筐かみばこ
 左手には、褐色の杖。
 午後、十一時。
「嬢ちゃん、ほんっま、性格悪いで? お命頂戴! 言うといて、引き分けを二手に分けて狙っとるとか、ほんま、わけわかめやからな?」
 今朝に関しては、勝ちを含めて三手だった。
「ほんま、いつかええ毒、飲ましたる」
 それは、嬉しい。
「覚えときいや!」
 覚えておきます。
 僕に、生き永らえる資格はない。
 容易い死に方も、許さない。
 その日を心から願い、想像し、くたびれた白衣が風になびくのを、鴨の仔のように、ゆっくりと追う。彼の右足が、地面に長い一本線を引くのを、それが道であるかのように伝う。
 北風は太陽熱を吹き飛ばし、夜空をひやりと、心地よく彷徨う。
 上空には、天の川。
 東に、下弦の月。
 夜は、ますますくらいものへと変容した。
 間引かれゆく電力。
 星も月も、明るい。
「ほんま、わけわからんし、ちょいっと午睡したら嬢ちゃんがぶわわっと夢に出てきたさかい、イラッとして衛兵ぶち殺したったわ。おかげでスッキリ。って、嬢ちゃんのおかげかい! ああ、もう、ええかげん、勝つか負けるか、せえ! 次、引き分けやったらほんまに盛ったるからな。三十六時間勃起が持続する薬を、あんたのパパにな!」
 下卑た独白は、酒気帯びの有無に関係しない。
 ドクトル・ディアベリ。
 四十八歳。
 独身、子持ち。
 ドイツ人。
 外科医。薬学博士。
 屍体愛好家。
 その人生には、色々とあったようだ。彼の右足が、そう語っている。
 彼の若い頃と言えば。
 ワイマール、か。
 今朝の望み。
 ナカニワノ、サンポ。
 李宮りきゅう中庭は、広かった。
 低木が乱立していて、昼夜に限らず、方向感覚が狂わされる。先導のドクトルもそうなのだろう。ひどく、闇雲な散歩だった。
 秋虫が、りぃんと、健気に鳴く。
 蝉は、或る日突然に、いなくなる。
「あの日は、季節外れの、とんでもない大雪やってん」
 気づくと、ドクトルもまた、満天を見上げていた。
「やれ、破水しよったけど産婆さん来られんさかい、先生来てえや、頼むわ、いきなり言われてな。しゃあないで、真夜中にどっさどさの雪掻き分けて、お産しに行ったわ。やったことも、ないのによ?」
 でな? そう言って、こちらを振り返る。
 嗤笑ししょう
「もう、めんどいわ、憎たらしいわ、寒いったらありゃしないわ。せやけど、寄合着いたら、とんでもない別嬪さんが、うんうん、おなかを痛めよったんよ。そりゃもう、可愛らしい。いかにも虐め甲斐のありそうな、健気なお嬢さんでな? お産終わったら、母子ともに殺して犯したろ。そう思うたわ」
 薄汚い、夜空の話だった。
「それが、嬢ちゃんと、嬢ちゃんのマミィだよ」
 突然の告白に、歩速が、ゼロになる。
「殺してへんで」
 ドクトルの笑みには、邪心がまるで見当たらなかった。
「勝手に死んだわ」
 ひどい、言い方をする。
「気になる?」
 返辞は、しなかった。知ったところで、意味がないし、尋ねたところで、彼をいたずらに愉悦の海へなげうつだけだろう。
 罠。
 醜く歪んだ彼の顔が、そう、言っている。
「死んでから、犯しました」
 夜が、彼をそうさせる。彼の、趣味だ。
 三回、したよ。
 初めての経験だった。
「屍体は、いい」
 斑らな躰。
 硬直した躰。
 腐り始めた、その躰。
 どれも、良い。
 そう言い放つ彼の表情は、明るい。
 月桃の匂いが、近づく。
 立ち止まったままの僕に、ドクトルが、頬擦りをする。
「マミィ、大層、気持ち良かったで?」
 罠には、乗らない。
「よく、似ている」
 唇が、合わさる。背中に、彼の杖がてがわれる。
「嬢ちゃんが、パパの持ち物じゃなかったならなあ、」
 まずは、その月色の目を両方、指で優しく抉り取ってあげるよ。
 それを瓶詰めにして、眺め、飽きたら、一つ、咥えさせてあげる。
 そこに、赤、青、黄、色付けをした、スペルマを注いで。
 彼の妄想は、数分間に及んだ。
 狂った夢想を口ずさみながら、舌先は喉を伝い、首筋の滲出液を叮嚀に舐め取る。やがて、耳許みみもとへとり上がる。リップノイズが、耳朶を品なく犯す。
 呼吸を、乱される。
「パパなんかより」
 この人は、本当に。
「もっと、虐めてあげるのに」
 軽蔑、という一言だけで、表現できる。
 そんな話が聞きたくて、サンポを望んだわけじゃない。
 なのに何故か。
 少し、望む。
「そろそろ、ソフィーにも会ったげてえな」
 また、話が転じた。
 体温が離れる。呼吸の回復と同時に、いつしか、自分が固くつむっていたことに気づかされる。
 正気に戻り、目を開くと、醜悪な顔。
 右に満月。
 左に三日月。
 真っ青な、ふたつの濁り月。
「ソフィー、お友達欲しがっとるんよ。嬢ちゃんと、年頃も一緒やし」
 飼われとるもん同士、仲良うしたってえな。
 沈黙が、流れた。
 会わずとも、知っている。僕たちは、同じ施設で育った。
 ソフィーは、ドクトルの実の娘。
 医務室には、彼女の記録ノオトが、うずたかく積まれている。
 彼は、娘を『飼って』いる。
 首を、振った。
「つれないなあ」
 ドクトルのさみしげな笑顔は、演技。
「パパは、喜んで遊びに来はるのに」
 愉悦から始まる、彼の長い独り言は、割愛する。
 心から、二人を軽蔑した。
「さあて、こっからが、サプライズやで!」
 いきなり、ドクトルが叫ぶ。蟲聲むしこえに支配された夜半の李宮を、彼の濁声だみごえが引き裂いた。
「ジャーン!」
 先程から、大事そうに携えていた紙筐を、満天の夜空にかざす。本当に、気乗りしなかった。良いものが入っているようには、到底思えないから。
 前後左右に振っても、音もしない紙筐。
「本日、死の媛さまの、処刑執行件数、三万人達成を祝しまして!」
 筺の中身が、あらわになる。
「チヨコレイト・ケエキを、ご用意致しました!」
 眼界一面の、まあるいケエキ。
「カカオの泡沫うたかたな我が國に於いて、チヨコレイト・ケエキは、夢、そして幻!」
 杖を振り回し、身振り手振りでケエキを表現する様は、なんとも笑えない、ピエロ。
「苺も、あるんやで?」
 観客に、目配せ。
 白衣のポケットから、苺がお目見えした。まるで手品のように、次々と出てくる。気取った仕草は、果物ナイフを時にくるくると回し、豊かに実った苺をカット、ケエキへと乗せてゆく。
 完成。
「どう?」
 ドクトル・ディアベリ。
 趣味は、お菓子作り。
「嬢ちゃん好みの、クリイム抜きの、ビタアにしたからね!」
 チヨコレイト・ケエキのビタアな香気が、苺の甘酸っぱさと調和し、僕の本能を突き動かす。この人の作るお菓子で、外れがあった試しがない。食べたい。おなかを、満たしたい。手を、つと伸ばしかけた。
 でも。
 ジェスチャアで、或るものを所望した。
 左手指をピンと伸ばして、トン、トン、とやる。
「それは、あかんで」
 死の媛には、道具を渡してはいけない決まりになっている。ドクトルは、自らの未来に対して、従順。
「どう、切りたいん?」
 代わりに、切ってくれるらしい。
 四、五、五、と指定した。
「わからん」
 わからないか。
 左手を、夜空にかざした。
 指を、目一杯に広げる。

 五、
 五、
 五、
 五、
 五、
 五、
 五、
 五。

 四十等分。
「無理言わんといてや。どない分ける気?」
 そうか。無理か。
 思案し。
 夜空に、文字を書く。

 ツブシテモ、イイ?

「やぁだ」
 ドクトルの非対称の顔色は、言葉と相反し、朗らかだった。意図を、理解したらしい。
 凝乎じっと見つめ、口を動かす。
「     ?」
 しゃあないなあ。
 ドクトルは、顔をくしゃっとさせた。一瞬間、宿老に見えた。
「ほら」
 差し出されたその分厚い唇を、サッと、僕が奪う。
 ふふふ、と、青い月が、新月になった。
「なんや、その初心うぶいキッス」
 自分で言い出しておきながら、少し恥ずかしかったのだ。「キスしても?」だなんて、まるで思春期の、甘い恋みたいだったから。
 顔が赤くなるのを、見られてしまった。
「ええもん見せてもろたお礼に、次は、嬢ちゃんの好きなイチヂクのケエキ、拵えたるわ」
 それは、僥倖ぎょうこう
 僕は、確かに笑った。

 僕たちは中庭に、四十個の小さな穴を掘り起こし、潰したチヨコレイト・ケエキを埋めた。その盛り土の上に、墓標代わりか、ドクトルが細断した苺を乗せてゆく。
「これ、アリンコたちがめちゃめちゃ喜ぶやつやな」
 出来上がったケエキの墓場を眺めながら、白衣の裾でナイフを拭う。確かに、数時間後には、苺は消えてなくなるのかも知れない。
 それでも良かった。
「明日は、揃ってお寝坊やね」
 一緒に寝る?
 ふざけたその言葉に、返辞をする。
「  」
「ほんまかいな」
 不思議と、構わないと思った。
 月は天頂。
 夜が、明けそうだった。
 僕は、手を合わせることはできない。土とケエキに穢れた左のてのひらを、胸に充て、目を閉じる。
 消されてしまった魂へ。
 僕が言えた義理ではないけれど。
 ごめんなさい。
 どうか、安らかに。

 昨夕、四十人を処刑した。
 全員、年端の行かない子どもだった。
 おかあさん。おかあさん。泣き叫ぶ、子どもたち。
 三万人目は、男の子だった。
 なみだたたえ、すすんで銃口を咥えた。
 賢そうな、大きな目。
 泣き腫らしたそれは、どことも視点を結ばなかった。

 十月十七日。
 午前十時。
 ドクトルの私室で目覚める朝。
 ベッドの中で、僕に背を向ける。すやすやと静かな寝息も、彼の本質そのものだった。その頼りない背に、額を預ける。今少し、このまま、先生の匂いに焦がれていたかった。
 正午。
 於、医務室。
 熱も下がり、体調は、やや良好。外は、おそらく快晴。少し、暑さがぶり返しているようだ。
 今日もまた、ステイルメイト。
 寝不足顔のドクトルが、頭を抱えている。
 今日のノゾミは、眠たいので、安息。
 他に何も、要らない。


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