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エッセイ「感覚」8.踏みしめる

 雨が降ると、どうしても外に出て行きたくなる。水玉のワンピースを着て、髪も綺麗に結う。雨の中傘もささずに両手を天に突き上げて、叫びながらくるくると回る。これがやりたい。どうしてもやりたい。
 窓の外を眺めて、曇天がやってきたとき、今日こそはと強く心に誓うけれど、かれこれ二十五年、一度もやったことはない。当然だ。これをやって美しいと思えるのはあくまでも洋画の中だけ。現実世界でこんなことをやっていたら、ただの変人だ。

 大学生の頃に買った、千円もしない黒いサンダルがある。大きめのリボンのついた、まあまあ可愛げのあるもの。値段のわりにたいそう履き心地が良く、ベランダ用にと買ったはずが、それではもったいないとなり、近場を出歩くときにはよく履いている。いまもまだ売っているのなら、もう一足欲しいと思ってしまうくらい履きやすい。

 とはいえ、踵をサポートしてくれるバンドもついていない、スリッパ型のサンダルなので、簡単に砂も入るし、雨の日なんかはあっという間に水没する。もちろん厚底でもない、薄いサンダルだ。
 ところがそれが雨の日には特別な音をもたらしてくれる。どこからともなく靴底と中敷の間に入り込んだ雨水が抜けていく音。キュッキュッと小さな声を出す。恥ずかしがり屋なのか、本当に小さな声。そしてなぜか左足からしか聞こえてこない。

 雨が降ると、どうしても外に出て行きたくなる。黒くて安い、薄いサンダルを履いて、きちんと傘を持って外へ出る。コンクリートの大地を踏みしてめて歩いていると、ほら、また聞こえてきた。やっぱり左足だけなのだけど。


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