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【短編小説】ガールミーツガール ♯1

スーパーのパートを長年やってると、自然と客の顔なんかを覚えてしまう。
月曜日によく来るのは髪の毛をひっつめた目のキツイ女の人。
火曜日ならびっくりするほどの長髪に髭をたくわえたお爺さん。
そして本日水曜日。決まって雅のレジに並ぶ、清楚そうな女子高生が来る。
「ナニってわけじゃないんだけどね、憂鬱なんだよな。」
雅は心の中で呟いた。
とりたてて、自分の青春時代に不満があったわけでも
やり直したいわけでもないのだが、
なにをしてもぴかぴかきらきら光ってしまう華の女子高生が、
なんとなくうらやましいような気がするのだ。

「いらっしゃいませ。」
籠の中の商品を手に取りバーコードリーダーで読み取らせながら、雅は列の後方に目をやった。
「398円が一点。」
そこには例の清楚そうな女子高生が並んでいた。
「525円が一点。」
何の気になしに振り払ったのであろう髪がゆらりとなびく。
「228円が一点。」
ああ、やっぱりずるいや、女子高生。
「1151円頂戴いたします。」
目の前の客は雅と同い年くらいだった。
鬱陶しそうに振り払った痛んだ髪が野暮ったい。
やっぱり見苦しいわ、30代。
「2000円お預かりいたします。」
客が少しだけ会釈をする、その仕草にさえなんとなくイラつく。
「849円のお返しでございます。ありがとうございました。」
もしかしてこれが更年期ってやつか?そんなことを考え雅は苦笑いをした。
次の次の次。
待っている側には長く感じられるのかもしれないが、
回す側からすれば一瞬の出来事だ。
あっという間に若さの塊が目の前にやってきた。
「168円が一点。」
へえ、びっくり。若いひとってこんな油っぽいもの食べても太らないんだ。
心の中で毒づいていることに気づくと同時に自分が情けなくなってきた。
「105円が一点。」
たかがスナック菓子で、あたしは何を。
「273円になります。」
もういいや、今日はこの客さばいたら早退しよう。
こういうところで融通が利くのが古株の強みだ。
「ちょうど頂戴いたします。ありがとうございました。」
次の客に目をやろうとした雅の視界の端に、何かがかすめた。
「ちょっと待って。」
反射的に掴んだのはセーラー服の腕。
「なんですか。」
初めて聞いたその声は、思っていたよりもずっと荒んでいた。
「裏来て。」

内線で同僚にレジに入ってもらうように呼びかけた。
アイロンの掛けられた一見清楚なその腕は間近で見ると細かい皺が入っていた。
観念しているのだろうか、力はなかった。
雅は一瞬だけかわいそうなことをしたと思いかけた。
「かばんの中の物、出して。」
事務所に連れて行き座らせた少女にそう言い放つと、
彼女は自分のバッグの底を持ちひっくりかえした。
教科書、ペンケース、ポーチ、財布、色々なものが一斉に床に散らばる。
ああ、表情が顔に出ない方でよかったなあ、雅はぼんやりと思った。
自分にしてはものすごくびっくりしたからだ。
「はい、出したけど。」
清々するほど小憎らしい態度だった。
それは美しい見かけとは恐ろしいほど釣り合っていなかった。
雅は床にしゃがみ込んでマニキュアを拾い上げた。
「これ、レジ通してないでしょ。」
「あんたが通してないなら、そうなんじゃないの。」
これじゃまるで自分が悪いみたいな言い草じゃないか。雅は苦笑した。
「じゃあ万引きね。警察に電話するから。」
こういう人を小ばかにしたような子供は警察や親や学校ごときでは
微動だにしないものだと思っていた。
「え、ちょ、ちょっと待ってよ。そんな大事にすることないじゃん。」
だから驚いた。このニセモノ清楚の狼狽ぶりに。
「お金払うから。帰っていいでしょ。」
あまりにも身勝手な自己完結振りは雅の思い描いていた
どうしようもない子供そのものだった。
「だめに決まってるでしょ。万引きは犯罪なんだから。」
雅は壁に貼ってあるポスターに一瞥をくれた。
謳い文句そのままの受け売りだった。
「でもあたしまだ子供じゃん。それに未来ある学生じゃん。
   将来潰す権利おばさんにあんの?」
ここまでくるとなんだか自分が悪いような気がしてくる。
やはりさっき一瞬だけ感じたかわいそうは、正解だったのかもしれない。
だが冷静に考え直すと今の状況では雅自身の方がよっぽどかわいそうだった。
「責任転嫁しなさんな。犯罪は犯罪。」
「やめて!」
少女が金切声をあげる。
「わたしのせいじゃない!」
ついに泣き出した。幼い子供の様に泣き出した。
雅は目を閉じて瞼をぐりぐりと押した。
「別になんだっていいけどさ、自分の行動に責任くらい持ちなよ。
 ガキじゃないんだから。」
自分の口からそんな言葉が出るとは、雅は自分自身でも驚いていた。
もともと他人には干渉しない主義だった。
ただ、泣き出した少女を見て、若さという誰しもいつか失う一過性の物に
コンプレックスを抱いていたことがあほらしくなったのだ。
それは目の前の少女が同じように、雅自身の大人特有のゆとりや余裕みたいなものにコンプレックスを抱いているのが見て取れたからかもしれない。
「なにそれ。」
しゃくりあげる合間にぽつりと呟いたその声に、
最初に聞いたときの様な荒みはなかった。
「あんた、なんでそんな優しいわけ。」
雅は思わず笑ってしまった。
生まれて初めて子供を可愛いと思ったのだ。
「おばさん、大人だからね。」
急に、おばさんであることが、大人であることが、誇らしくなったのだ。
自分がいままで経験した、誰でも経験するちょっとだけの苦労や苦悩の数々が、
誇らしくなったのだ。
少女はまだ目から涙をこぼしている。
真っ赤に晴れたその目はやっぱり清楚な女子高生だった。
雅は近寄って背中を撫でた。
ほんのりあたたかい背中に手が触れた瞬間、少女は少しだけ体をびくつかせたが、すぐに安心したように肩の力を抜いた。
「なんでわたしばっかりってずっと思ってた。」
小さな声で少女が漏らした。
「あたしも。」
泣きはらした目が顔をあげた。
「でもきっと、世界中の人みんな思ってんだよ。なんで自分ばっかりって。
 だからみんな自分ばっかなんだよ、多分。」
少女は頷いた。きっと理解はできてない。
当たり前だ。雅にも理解できてないのだから。
世界はみんなに公平にできているわけじゃない。
みんなに不公平にできているのだ。
時にはそんなネガティブな発想が大正解だったりするのがこの世界なのだ。
「警察、電話していいよ。」
吹っ切れたような表情で少女が言った。
「いや、いいよめんどくさい。」
「え、なにそれ。」
綺麗な顔が怪訝そうにゆがむ。
「せっかく人が覚悟決めたのに?」
「そんなもん知らんよ。あたしめんどくさいこと嫌いだから。」
雅はかかっと笑った。
「さあ、わかったら帰りな。今の時間忙しいから。」
「わかったよ、お・ば・さん。」

憎たらしい口調だった。
晴々した表情だった。
雅はくくっと笑った。

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