21. 早朝のナイトクラビング
「ハルくん、いないとダメ?」
広い玄関で、シンジの声が響く。
「え?いや、」
私は振り返る。
「コーヒー、飲む?」
彼は私を遮り、靴を脱いでリビングに向かう。
私は望んで、シンジに流されていた。
私がソファに座ると、キッチンから声がする。
「ハルくんはいないよ」
パートナー以外と外で会うのはルール違反。
そう、尊から聞かされていた。
2人で会っていいんですか、なんてバカ真面目な質問はできず、私は聞くタイミングを完全に失ってしまう。
特に理由なく招き入れたのかもしれないし、思い上がった質問のように思えて。
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シンジには、デリカシーというか、遠慮がないところがあった。
数回目のクローズドパーティ中のことだった。
パーティも終わりかけの頃、男性がある知り合い女性を追加で呼びたいと言い出したことがある。近くにいるので寄りたいと言われたらしい。
当然、ホストのシンジに確認するが、
その時、彼はあっけらかんと「可愛い子しか呼ばないで。太ってる子は無理」と言い放った。
誰にでも個人的な好みがあるので、できるだけタイプの人としたいという気持ちはあって当然だが、堂々と口にするあたりには驚く。
結局その女性は合流したが、私はすごく嫌な予感がした。
シンジは明らかに歓迎しておらず、一言もその子と話さなかった。私はその空気に耐えきれずワタワタと気を遣い、その子と話し続けた。
新米の私には、なんとなく気持ちがわかる。
私が最初部屋に入った瞬間も、皆のまとわりつくような視線を感じて緊張した。
新入りに対する、品定めするような視線。
いざもう一戦となっても、誰も彼女を誘おうとしなかった。
「ハル」をのぞいて。
「ハル」はシンジと真逆だった。
誰でも、年齢や体型関係なく女性として接するべきだと言っていた。
女風セラピストという職業病もあるだろう。
誰にでも例外なく、同じ優しさで接した。
嫌になるくらいに。
シンジは、知らない人への当たりはキツかったが、身内にはどんどん優しくなった。
尊は真逆で、不特定多数の女性には優しかったが、親しくなるとモラハラが多くなっていった。
2人とも極端ではあったが、後から考えれば、シンジの在り方の方が私にはしっくりくる。
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マグカップをテーブルに置く、シンジの指から目が離せない。
小指まで、ほっそりと長いピアニストの指。
その指はカップから離れると、私の頬に軽く触れた。
「ここにホクロあるんだね」
シンジはそう言って、私の口元に指を滑らせる。
唇を割って入ってきた美しい指に応えるように、私は1本1本側面に舌を沿わせる。
彼の細い腰を、シャツの上から撫でるのが好きだった。
服を着ている方が色っぽいと心から思うのは、この人だけだ。
シンジはじっとりと舌を私の首筋にくっつけたまま、熱い吐息を吹きかける。
その度に私は、あぁ、この人の愛撫は好きだ、と心底思うのだ。
シンジのシャツの襟元をめくり、首筋の匂いを胸いっぱい吸い込む。
ソファの革の匂いと、わずかに香水の匂い。
この匂いを知っている。
夜の香水の王様、CELINEのNIGHTCLUBBING(ナイトクラビング)は、あの頃ちょうど発表されたばかりだった。
ニコチンのアクセントで「刺激的なムード」「ナイトクラブの深紅のベルベットシートの匂い」と言われているが、本当にその通りなのだ。
「ナイトクラビングの匂い」
「すごいね」シンジは驚いて目を見開く。
「こんな唆る香水は他にないから。甘い匂いが似合う男って好き」
夜が明けて薄まり、肌に溶け込んだムスク。
早朝、男の人から味わうナイトクラビングは罪深い。
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