見出し画像

20. 新たな始まり

19. 泣く故郷


シンジ|パーティーの主催者。作曲家。
ハル(海/尊)|女風で出会った私のパートナー。




よく手入れされた街路樹の葉が落ちてきて、
乾いたコンクリートの上をカラカラと転がる。


雑踏の中で、かき消される音を探すのが好きだ。

私には聞こえているよ、と言いたくなる。




夜勤を終え、朝方の六本木で信号待ちしていた時だった。

人はまだ少ない。




数メートル先でゆっくり停車したタクシーが、
なんとなく気になった。


こういう時、不思議な勘が働くのは何故だろう。



画像1



開いたドアからは、細身のスーツ姿のシンジが出てきた。

音楽関係の仕事仲間だろうか、男性2人と一緒に。




私は思わず顔を背けて反対方向に歩き出す。


昼間の姿で、お互いを見てはいけない気がした。



心臓がバクバク音を立てる。




あおちゃん?」


ほんの1,2秒だったと思うが、私はその間たっぷり考えた。


どうしよう。

他の2人には、私は誰になる?シンジに話を合わせればいい?



足を止めて振り向く。


「!、お久しぶりです」

「ついこの間も会ったよ」



「ちょうどよかった」
そう言いながら、シンジはこちらへ歩いてくる。


「うちにハルくん来てるけど、あおちゃんも来る?」他の2人に私の存在を隠すような感じもなく、さらっと聞かれる。

たぶん、仕事仲間にとって"こういうこと"はよくあるんだろう。



太陽光で温まった湿気の匂いはいつの間にかなくなっていた。

空気が冷えると頭も冴えるから、冬が近づくのは好きだ。


でも、思考を捨てて流れに身を任せていると、冷気にプレッシャーを感じることもある。ほら、頭を働かせて考えてみろ、わかってるはずだ、と。



見慣れたエレベーターと内廊下を通る間も、うまく会話ができない。

人と話すのは得意な方だが、乱交パーティで知り合った有名作曲家と、早朝から一対一で真面目に話すようなことは思い浮かばなかった。



共通するのは尊のことくらいだけど、彼の話ばかりする女になりたくもない。


とはいえ、

"お仕事終わったところですか?"

なんてありきたりな言葉も、詮索のように思えて口に出せない。


けれどお互い、内面で好かれよう等と思っていないからだろうか、存外に気楽で心地が良かった。



部屋に招き入れられると、静まり返っている。



「ハルは、来てないんですか?」


後ろでシンジが鍵を閉める。


「ハルくん、いないとダメ?」



部屋に尊は居なかった。



この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?