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19. 泣く故郷
尊は、自分からはほとんどキスをしなかった。
仕事で唇を酷使しているから常に痛いと言って、プライベートではあまりしてくれない。
尊のキスは、視界が揺らいで、とろけて、腰が粉々になってしまう。
愛されている、と勘違いさせるキス。
愛してくれる、と期待させるキス。
全身がゾワゾワとして声が抑えられない、眉間に皺が寄ってしまう、そんなキス。やらかく、優しくて、相手の体を啄む。トロトロになって、気持ちよくて、何も考えられなくなった。
相手のことが本当に好きだったら、身体中を愛撫されても不十分なんだと思う。顔を近づけて、ああ、好きだ、と確認しなければならない。
あのキスを知っていると、どうしても欲してしまう。
尊のことを思い出すとき、私の心に浮かぶのは、あのキスと、心無い言葉たちだった。
***
尊は私に、よく故郷の話をした。
認知症の親御さんのことや、兄弟のことだけど、決して感動的な話ではない。
私が初めて聞いたのは、「両親の世話なんかできない。認知症の親の姿を見ていると恥ずかしいから帰りたくない」という言葉だった。
私たちは出会って間もなく、彼と両親との関係や生い立ちも少ししか知らないから、一面しか見えていなかったのかもしれない。もしかしたら、親に何か酷いことをされていたのかもしれない。可能性はあるだろう。それにしても、気持ちのいい言葉ではない。
けれど、私が悲しかったのは、厳密にはそこじゃなかった。
私のことを大切に思っているなら、何故そんなことを言えるんだろう。私に良く思われたいという気持ちが、彼には無いように思えたんだ。
曝け出してなんかほしくなかった。
少なくとも私たちはまだそんな段階にいないと思う。
信頼と、相手への配慮を怠ることは、分けて考えなければならない。
尊の「取り繕わない態度」は、それから色々なところで見え隠れする。
尊が口にし続けた『葵のこと、信じてるから』と言う言葉に、私は一度も返事をしなかった。
見せかけの信頼と、どっちつかずの愛情を突きつけられて、私はなんだか心細くなってしまう。
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