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【カラダで感じるNVC 〜ヨガ哲学から学ぶアヒムサの言葉〜(後編)】

昨日のつづき。

昨日最後に、刺激・反応・刺激・反応と、ハムスターがくるくる回るようにパターン化すると書きました。

そこで、ちょっと立ち止まって、

「自分は何をしているのか?」
「なぜこの反応するのか?」

観察し、自分とのつながりを取り戻してみると、その思考の輪っかに気づいて、ハムスターは止まり、そして降りる。

すると、その次の選択を変えることができるんだよ、と。

この続きをアウトプットしていきますね。


誰もが持ち合わせていたりする、自分の思考の癖。
みなさんは同じ言葉をいつも自分に投げかけたりしていませんか?

アヤナさんが例にあげた。

「わたしなんて・・・」

という思考のパターン。

これわたしにも常にあります。

アヤナさんの場合は、
「だからもっと頑張る!練習する!」

わたしの場合は、
「あぁ… 離れよう… 傷つくだけだ…」

これがハムスターの輪っか。
わるいものではないんです。

アヤナさんいわく、
これを【客体化】してみるそう。

何か物でもいい。目の前の水でもいい。
それに対してこの言葉を投げかけてみる。

「あなたなんてほんっと役に立たないよ!」
「やめときなよ!頭悪いのバレるだけだよ!傷つくだけでしょ!」
「こんなことも知らないの?信じられへん。。引くわー。。」

これらを何かに対して、誰かに対して言い放っているようなイメージ。これが相手へ対してなら、わたしは心が痛くてとても言えないと思う。。実際、目の前のお水に対して言ってみたけど、痛い。。言ってて辛い。。。

でもそれを『自分には』言っているんです。

「あなたなんて何の役に立たないよ!」

何か出来事があるたびに毎回毎回…
自分が自分に一番バイオレンスしてるんです。

自分の中で起こっている暴力には、

強い暴力
中程度の暴力
ゆるい暴力

があり、

この「ゆるい」のが隠れて見えにくい。
そこを見つけられるのがNVC。
自分が自分でハグしてくれる瞬間に出会える。

(わたしは自分自身で何度も何度も出会っているし、まだまだこれから出会えることにワクワクしている。そしてわたしだけでなく、周りの人が自分自身にハグする涙が流れる瞬間に何度も立ち会ってきた。)

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ヨガ哲学の入口のアヒムサ(非暴力)の次に、サティア(真実、誠実であれ)というのがあるそう。

誰に対して?
何に対して?
誠実であるの??

→わたしが『今感じていること』に対して、
『自分自身』に対して、誠実である。

昨日書いたこと。
悪いと思っていないのに「ごめんなさーい」と言ったとする。すると「本当にごめんって思ってないでしょ!」と相手もイラっとしたり。

これは「アヒムサの言葉」でいう、

・頭で考えていること
・心で感じていること
・話していること
・行動

が一致していないということ。一致していないからイラっとする。一致していないと争いにつながる。

ここでもNVCが役に立つ。

わたしたちは、

「怒ってはいけないよ。」
「人を憎んではいけないよ。」
「大人気ないよ。」

という風に、自分の中に自然と湧き起こってくる感情にさえジャッジをする。そして、感じないように感じないように現実を生きている

そこにNVCは少し窓を開けてくれる。



これが自分が今感じていることに対して、自分自身に対して、誠実であること、「サティア」なんだけど、これもまだ、わたしというエゴが作り出した「心の作用」の部分。(わたしまだこの心の作用の部分が理解しきれていないので、またいつか学んで書きたいな。)

この部分は、世界中のすべての芸術を作り出しているゾーン。好きだとか嫌いだとか、会いたいとかっていうポップソングとかもそう。

それも素晴らしいんだけど、
あなたは何者なの??

わたしは生命そのもの。
わたしは哺乳類。
わたしはアジア人。
わたしは日本人。
わたしは女。
わたしはお母さん。
わたしはみゆき。

その自分自身の存在に対して、真実でありたい。

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五感をフル活用して人とコミュニケーションを取る。

「ありがとう」

という言葉・声じゃなく、その「音」を聴く。

話している「こと」「言葉そのもの」じゃないものがあるんだっていうのがわかるようになる。

内側の感覚に繋がり、
身体でありがとう』って感じながら声にする

今のわたしたちの世界は、なんでも『早い』方がいい世界。だから私たちは感じることを端折ってしまっている。

でも、内側を感じてから声を出すこと。

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《カラダで感じるNVC》

・聴く力(音)

→相手が話していることではなく、相手の音を聴く。

・感じる力(場)

→考えていることも、感じていることも全部まずは身体から現れる。感じていることを身体中に広げる。

・伝える力(声)

→体で感じたことを声・音にする。

・在り方(体現)

内側に起こる真実と、行動が一つになっていること。

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あなたの人生は、
あなたの時間。

この体はあなたという存在意識・生命が手に入れた肉体。「よっしゃー使えるやつゲットー!これ使って何してやろうかー♡」と生まれてきた。

大人になると発達が進むように、
味覚が豊かになるように、
ほろ苦い恋愛もいいなって思えるように、
魂が乗り物をうまく使えるようになっていく。

感情の居場所は心だけじゃなくて、
頭のてっぺんから爪先まで。
内側で自分の感性を自由にしてあげる。

すると、
表情が変わり、
在り方が変わり、
聴こえが変わってきて、
リアクションが変わる。


内側と外側のカラダをフル活用すること。

人生は自分のもの。
わたしの人生はわたしの時間。
1秒も誰にも譲らずに、自分がどうしたいのか?
自分と共にありたい。
自分と共に生きたい。

すると、「怖れ」や「足りない」がなくなっていく、それが真の自己。

ネガティブな感情や出来事でも、
ポジティブな感情や出来事でも、
それは「わたし」の可能性そのもの。

一番最初にある「考え(思考)」がそのあとの全てに影響する。

頭で考えていることが、
心で感じていることに影響し、
話していることに影響し、
行動に影響する。


全部自分の中にある。
だから、自分と繋がること。

何か大きなものに従って生きるんじゃなくて、
それぞれが自分の力を取り戻して、
自分の本物の音を出し、
自分の本物の言葉を話し、
自分の力で可能性を発揮していくこと。

頭で喋って「良い・悪い」というのか?
わたしは心でしゃべるのか?

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以上、アヤナさんのセッション、

【カラダで感じるNVC 〜ヨガ哲学から学ぶアヒムサの言葉〜】

からアウトプット(後編)でした♡


みなさんはこれを読んで何を感じましたか?

わたしは、自分の自分へのバイオレンスにガーン…となったのですが、こうして思考があるのも人間らしさや愛おしさでもあったりもするし、ゼロにしたいわけでもないけれど、ただただ気づいてあげたい。

そしてひとつひとつ丁寧に、ハムスターのぐるぐるから立ち止まって、降りてみて、何か他に選択肢はあるかな?って探求してみたい。

「エゴを大いに楽しんでください!」

という言葉にワクワクしていて、わたしも「うっっきゃーーーきたーーーー♪」と楽しんでみたいと思います♡笑 

できるかな?
うん、トライしてみよう。


最後の、

頭で喋って「良い・悪い」というのか、
わたしは心でしゃべるのか。

というところ、繋がるものがあって。

地球のレッスンという本があり、

子どもにとって
両親の【心】から出た言葉は【栄養】となり
両親の【頭】から出た言葉は【重荷】となる。

という言葉(P124)を
今日の最後にココに置いて、終わりますね。


では、今日もハートフルな一日を♡

また明日ココで♡

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