リリカル・スペリオリティ! リヴァイブ! 2/2《短編小説》
【文字数:約5,800文字 = 本編 4,300 + あとがき 1,500】
※ 本作は おかゆ さんによる創作大賞2023、イラストストーリー部門への出品作『リリカル・スペリオリティ!』を原作とした2次創作です。
※ 原作を未読でも読めると思います。
To 1/2 → 〇
「ぬはぁっー!」
職員室に誰もいないことを利用して、野獣のような雄叫びを轟かせた。時刻は深夜と呼ばれる11時を過ぎており、残業代が出るなら1人焼肉パーティーを開催できるだろう。
悩める生徒を救ったことに羽が生え、ぱたぱたと自分の知らないところに飛んで行き、いつの間にやら「現役教師アドバイザー」の肩書がついていた。
忙しい現役であるはずなのに配慮は少なく、ここのところ週末は出かけっぱなし、いつも通り平日は動きっぱなしで呼吸さえ忘れているような。
さすがにアメ担当の校長が心配して「休みなさい」と命じ、ムチ担当の教頭がスケジュールを調整してくれたおかげで、来週からは人並みの生活に戻れるはずだ。
面倒事に首を突っ込んで当たり判定を増やし、気づいたときにはボロボロのデロデロになっている教師は多いらしく、SNSを開けば愚痴や弱音に当たるのが常だ。
教育実習を受けても別の道に進む人だっているし、私も熱意だけでは続けられない仕事だと思う。
「もし異動になったら……どうしよっかな」
教師にやりがいを感じているのは本当だけど、1年目にして上野桜丘高校への着任が決まり、目的の半分くらいは達成できてしまった。
残る半分は正直、叶うかどうか分からない妄想みたいなものであり、姉にだって話したことがない。
10年近く前に起きた事件後、姉は留学に行きたいなどと言わなくなり、反対に興味の湧いた私が挑戦してみた結果、今こうして英語の教師をしている。
きっとそれは佐藤リリカのおかげでありつつ、彼女のせいでもあった。
私を助けてくれた後で、
「桜ちゃんみたいな人を利用して、『自分は他でもない、何者かになりたい』って気持ちを利用して、自分の目的を達成しようとした。ごめんね」
と彼女は言った。
あれから自分でも調べてみたり、留学の際には似たような事件がないかと聞いてみたりして、100年に1度とかのSSRクラスな出来事ではないと知った。
ただ、同じ場所では二度と事件が起こらないらしく、私の回そうとするガチャには始めから何も入っていないのかもしれない。
そう考えると自分がひどく滑稽に思えてくる。
仕事を再開しようと気持ちを切り替え、机を占拠する様々な書類に視界を戻しても、まったく中身が頭に入ってこない。切れた集中力を結び直し、再利用していたのも限界みたいだ。
「もう帰ろ……」
せめてもの秩序を机に与えてから、ふと窓の外を眺める。爽やかな5月の空気は梅雨の湿り気を吸い込み、日中だと蒸し暑さを感じるようになった。
この学校で事件が起こったのも同じ時期だったと思い出したところで、視界の端に奇妙なものが映る。
小指の先くらいの大きさをした、薄桃色の紙きれが閉め忘れた窓の隙間より入り込み、ふわりと職員室の床に舞い降りる。
何かを考えるより先にその紙きれを摘まみ上げ、柔らかな湿り気を感じる指先が、どうにも季節外れな桜の花びらだと教えてくれる。
「何でこんな時期に……」
新年度からすぐ桜並木は緑に変わり、今は紫陽花の赤や青が咲いている。窓枠や壁にでも貼りついていたのだろうかと、まったく夢のない想像をすることで、自分の中にある期待から目をそらそうとした。
荒れそうな呼吸をなだめつつ、校庭を取り囲む桜並木に視界を移す。けれども闇に沈んだ桜が目立つはずもなく、広げた枝葉は夜に包まれて黒い塊にしか見えない。
そこで待てよ、と気づく。気づいてしまう。
かつて今の時期でも花を咲かせていた桜は枯れ、こげ茶の枝を寂しく空へ伸ばしているだけなので、きっと暗くても目立つはずだ。
震える手で窓を開け、裏門のある方角へと顔を向ける。でもダメだ。他の樹で隠れるようになっており、職員室からでは今どうなっているか分からない。
窓を閉め、ただの気のせい、何かあるかも、の間を行ったり来たりしているうちに歩き出していた。
念のため巡回用の懐中電灯を携え、扉にも鍵をかけて廊下に出る。自分の足音だけが響き、それが少しずつ速くなり、気づいたら走っていた。
室内用のサンダルであることも構わずに通用口から外に出て、すこし歩けば目的の桜がある。
「はぁ……はぁ……」
肩で息をしながら懐中電灯のスイッチを入れると、白い光で切り取られた円の中に枯れた桜が浮かび上がった。出退勤の際には必ず前で立ち止まり、何かしら変化がないかと探し続け、その度に見えない傷が痛んだ。
いつもと同じだと傷から血が滲み始めたところで、私はそれを見つけた。
こげ茶の枝に一輪だけ薄桃色の花が咲き、ぬるい梅雨の風に吹かれると、まるで笑っているみたいに揺れる。
私のこれまではムダじゃなかった、意味があったと嬉しさのあまり叫びだしそうになったけれど、それを残酷な「これから」が消し飛ばす。
私は一歩、また一歩と、屋上で出会った女子生徒に近づいたときみたく、枯れた桜に歩み寄る。そしてあの人がしてくれたみたいに、かさついた幹を強く抱きしめる。
「リリカちゃん、リリカちゃん……会いたいよ、私、あなたに会いたい。あなたに会えたら、私、死んだって構わない。
あのとき助けてくれたのに、ゴメンね。でも、自分にウソはつけない。
私を連れて行ってくれなかったこと、ずっとずっと、恨んでるんだから……」
自分なりに10年近く調べた結果、佐藤リリカは「デビルズ」と呼ばれる人間ではない存在らしい。彼らは人間の欲を集めるために別の世界からやって来る、いわば侵略者だ。
ミスコン、ミスターコンを選ぶ「毎日応援制度」をきっかけにした事件は彼らの仕業であり、利用されかけた私は彼女を憎むべきなのかもしれない。
だけどあのとき屋上にいた私を助けてくれたのは、デビルズの佐藤リリカだった。
もしも彼女と出会っていなくても、たぶん私は遅かれ早かれ自分の欲に飲まれ、同じ結末を辿っていただろう。そして10代の抱える心の闇だとか、どこかのワイドショーネタになっていたに違いない。
「リリカちゃん、あなたはどこにいるの……私はここにいるよ。ずっと、待ってるよ」
また彼女と出会えるか分からないけれど、教師として、友だちとして、あるいは別の何かとして待ち続けよう。
これからの目的が定まり、抱きしめていた桜の幹から離れる。時計を見ると12時まであと少し。
「私が定年する頃にお花見ができればなぁ……」
語りかけながら一輪だけの花に懐中電灯を向けると、なぜか薄桃色の塊が白い光によって浮かび上がる。
すでに儚さは消え、拍動する命が枯れた桜全体を薄桃色に染めていく。スマートフォンで撮った写真の上に指を走らせ、雑に描いた花みたく樹上が埋めつくされた。
「……あの年みたい」
季節外れの桜は梅雨まで咲いて、佐藤リリカの消失とともに枯れてしまう。だから彼女は私ではなく、この桜を道連れにしたのだと思っていた。
けれどふたたび咲いたのであれば、もしかしたら佐藤リリカを呼び戻せるかもしれない。
「リリカちゃん! 私はここにいるよ!」
私は叫んだ。どこかにいるかもしれない彼女に届くよう、喉から血が出そうに思えるほど強く、何度も、呼びかけ続けた。
そしてついに私の願いは誰かに届いた。
咲いていた花が一瞬で散り、薄桃色の滝となって降り注ぐ。反射的に目を閉じて、瞼の向こうで洪水が過ぎ去るのを待つ。
鼓膜を叩く桜囃子も遠くなり、夜の静けさが戻ってきてからさらに待ち、ゆっくりと慎重に両目を開ける。
人間が埋まるほどの量あったはずの花弁は消え去り、そこには見覚えのある人間が立っていた。
「桜ちゃん、でいいのかな?」
上野桜丘高校の制服で、少し紫がかった髪は肩の辺りでウェーブしており、顔の鼻から頬にかけては可愛らしいそばかすが散っている。どこからどう見ても佐藤リリカだった。
私は疲れのあまり夢を見ているのかもしれない。
シンデレラは12時になると魔法が溶けるから、それまでに城を出るよう魔法使いに注意されていた。時計を見ると約束の時刻は過ぎており、私は室内用のサンダルを履いたままだ。
「それにしても驚いた。まさか戻ってこられるなんて」
佐藤リリカのそっくりさんは腕を上げたり肩を回したり、スカートの裾を摘まんで持ち上げてみたりと、本人の姿形でやりたい放題している。
声をかけた瞬間に消えてしまうような気がして黙っていると、
「ええと、桜ちゃんの『欲』が私を呼んだ……というか作ったんだよ」
そう言って背にしていた枯れ桜を振り返る。
「あのとき私は桜ちゃんやみんなにぜんぶ返したから、そのまま消えると思ってた。でも誰かさんの強い願い、つまり欲によって種みたいなものが残ったわけ」
「本当に、リリカちゃん……なの?」
記憶にある雰囲気と違うような気もするし、目の前の存在が佐藤リリカだと信じたい欲も収まらない。
すると彼女は腕を組み、悩ましげな顔で呻いた。
「私はリリカであってリリカでない、ともいえなくもない……みたいな」
「どゆこと?」
「ううん、何て説明したら、いい、の、か……」
いきなり佐藤リリカの体が傾き、私は慌てて駆け寄り抱きとめる。その感触には覚えがあって、変態っぽいけど匂いも同じだった。
「どうしたの!?」
糸が切れた人形みたく全身から力が抜けており、あきらかに顔色が良くない。何度か深呼吸をした彼女は、私にしか聞こえないほどの小さな声でつぶやいた。
「……私は桜ちゃんの欲から生まれたわけで、つまりそれは以前より人間らしくなるわけで」
よく分からないけど「そうなんだね」と頷いたら、
「お腹すいた……」
シンプルな空腹の訴えとともに、ぐぅぅぅ、と体からの嘆きを聞いた。何ていうか、全然ロマンのない再会に溜め息をついてしまう。でも神様は、そんな私を見捨てたりしない。
「また桜ちゃんに助けられちゃったね」
シンデレラを探す王子様みたいに、彼女は私にしか見えないガラスの靴を渡してくれる。
「……またって、駅で声かけたとき?」
「それ以外ないでしょ」
しんどそうなのに「何を当たり前のことを」みたいな口調で、私はもうそれだけで10年近く待ち続けて良かったと、この腕の中にいる人を離すまいと、強く優しく抱きしめた。
「……おかえり、リリカちゃん」
End.
◇◆◇◆◇
はじめまして、もしくはおひさしぶりです。
本作は おかゆ さんによる創作大賞2023、イラストストーリー部門への出品作『リリカル・スペリオリティ!』を原作とした2次創作です。
ひょんなことから同作を読み始め、読了した頃には頭の中で2次創作ができていました。それらを吐き出さないと毒なので、いろいろな予定を捨てて形にしました。
原作は「デビルズ」と呼ばれる謎の存在と、彼らを追う公安警察が登場するのですが、本作は2次創作ですからそんなの知らんぷい!
もちろん原作への導線を作る意味もあるので、モザイクにならない程度にボカして書いてます。そもそも佐藤リリカって誰やねんって感じですよね。
とはいえ、真相を語らないままだと本作は謎でしかないですから、あんまり意味はないのかもしれませんが。
ひとまず気になったら2次創作としては成功ですし、そうでなくても私は今井桜と佐藤リリカの話が書けたから満足です( ˘ω˘ )
2次創作をしようと思う場合、自分にとって原作に良い意味で引っかかるものがあるわけで、今回の場合は「現実味」なのかなと。
現実でないフィクションの小説に現実味なんて、ちょっと矛盾しているかもしれません。
けれども小説に描かれた世界や人物が、もしかしたら存在しそうだ、というのは大事で、たとえば本作の今井桜がamazing graceではなく、演歌とかポップスを歌ったら「え?」と感じるのではないでしょうか。
私の独自設定により、今井桜は聖歌隊で4年の武者修行を経て英語教師になりました。原作で彼女の姉が「留学したいンゴ!」と訴えるので、それを引き継いだ形です。
原作では史実のバブル景気について触れ、それと「デビルズ」に関係があるのでは、という大筋が存在します。
その一方、デビルズと公安それぞれに所属する人物、キャラクターは妙に人間くさくて、基本的に暴力表現がないのも好印象でした。
愛が地球を救うとは思っていませんけれど、暴力だけで支配できるほど甘くもないわけで、洗濯機を回すデビルズとか大変に良き!
原作者のおかゆさんはコメントで「小説執筆歴ほぼ0」と書いていたのですが、すくなくとも私からすればLv.40~60くらいの中堅に思えました。
細かな文章作法や流れも読みやすいですし、具体的な根拠を挙げるなら先の「現実味」と「人間くささ」ですね。
私自身、現実の要素を入れるのが好きなのもあり、デビルズが人間の姿になったら~というあたりに大きな感心を、10代が持ちそうな心の闇とかは、たぶん老人には書けません。
惜しむらくは公安からの刺客が、いまいち活躍できなかった点でしょうか。ただ、本作は彼らの敵である佐藤リリカの物語だと思うので、そうなって当たり前ともいえますが。
自分にとって引っかかるものがあるから2次創作をしようと思う、と先に書きました。
原作に描かれた喪失は回復されることなく終わり、それが一番きれいな幕引きであったのは間違いありません。
けれども読者はそれに対して「If」を提示することができます。
とはいえ、わざわざそんな面倒くさいことをするのは、その「If」を通して自らの欲を実現したいからです。
原作のデビルズが単純に命ではなく、形のない欲を集めているという設定も良かったですね。いかようにも使えそうなのを利用して、独自設定の本作「リヴァイブ!」を作る動機にもなりました。
さすがに昨日今日のスケジュールは続けられないので、しばらく休みたい欲に溺れようと思います。
この度はここまで読んでくださり、誠にありがとうございました。
また、原作者の おかゆ さんには2次創作の許諾をいただき、心より感謝いたします。
欲ある限り人は生き、それにより滅ぶとしても、生きる屍よりもマシである。
私自身の欲は何だろうと、読んでいて思ったのでした。
2023/09/04 Mon. りんどん 拝
この記事が参加している募集
なかまに なりたそうに こちらをみている! なかまにしますか?