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花のように生き、そして。

『フラワー・オブ・ライフ』 よしながふみ 読了レビューです。
文字数:約1,900文字 ネタバレ:一部あり

・あらすじ

 花園はなぞの 春太郎はるたろう 高校1年生 D組

 彼はクラスでの自己紹介にて、去年に白血病を患い、みんなより1つジジイだと告げる。

 これは期待や不安、友情、葛藤といった様々な感情を詰め込んだ、まるで花束のような物語だ。

・レビュー

 本作は主人公の春太郎が過ごす1年を描くというものですが、どうにも一言では表しにくい作品でもあります。

 部活や生徒会が中心になっているわけでもなく、かといってクラス内の人間関係が主軸でもなければ、真の舞台が学校外というわけでもありません。

 何度か読み返して言語化できたのは、凡庸な表現ながらタイトルにあるLife、つまり人生そのものが描かれているように思いました。

 ◇

 春太郎は白血病患者ではあるものの、現在は回復期にあるとしているので、健康な状態から衰えていく様を描く、いわゆる「難病モノ」と呼ばれる作品ではありません。

 しかし自身がそのような状態にあったと告げることが、他者にとってどのように受け取られるかと、担任の斉藤は次のように言います。

でもね あんたが自己紹介で
自分が白血病だったって言った時から
あんたは人間関係において
そのヘビーな過去の分
みんなより強者の立場に立ったのよ

あんたにそのつもりが無くても
それはそうなったのよ

1巻 #3 95頁

 第167回の芥川賞受賞作、高瀬 隼子『おいしいごはんが食べられますように』でも、弱者に思えて集団における強者な人物がいますけれど、本作の春太郎も「大切にするべき」とされる存在でした。

 厄介なのは本人が無自覚であるために、良かれと思って友人をかばい、ひどく傷つけてしまいます。

 春太郎の場合は指摘してくれる担任がいましたけれど、大人になってしまうと尊重あるいは遠慮、はたまた無関心から、気づかないままになってしまいがちに思えるのです。

 担任の斉藤は続けて言います。

病気の事を正直に話すのが
悪いって言ってんじゃないの

ただ自分の言った事で相手が多少
気を遣うだろうなくらいの想像も
できなかったとしたら
あんたは馬鹿で子供で無神経だわ

同 95頁

 幸か不幸か思い当たる事柄があるもので、この部分は強く心に響きました。

 ◇

 本作の主人公は春太郎なのですが、ときとして友人や他のクラスメイト、教師、家族などが中心になったりします。

 物語の構成として主人公からの視点のみで描く方法もありますが、それだと友人はもちろん、まわりにいるクラスメイトの視点は描けません。

 本作はマンガの特性でもある視点の自由度を活かし、1-Dというクラスは元より、周辺に存在する人々が描かれることで豊かな人間模様が生まれ、奥行きや熱、湿度まで感じられる気がします。

 高校生の定番ともいえる、テストのための勉強会や文化祭、クリスマスパーティなどの話も面白く、失敗するかと思いきや……という展開が非常に巧みです。

 漫画研究会の活動からマンガ賞を狙うという流れは、ややありがちな気もしますけれど、編集者からの厳しい指摘から学ぶ姿は、ついつい応援したくなります。

 ◇

 本作の始め、春太郎は白血病が治ったと告げるのですが、彼は放射線治療によって生殖機能を失っています。

 事前にそうなると知らされた15歳の春太郎は、しかし平然としていたと、友人が家に遊びに来たときに父親は話し、次のように続けます。

分かってなかっただけなんだよ

あいつはまだ自分が一生
子供が作れないって事がどういう事か
よく分かってなかっただけなんだよ!

作れるのに作らないのと
最初から作れないのは
全然違うんだよ…!

1巻 #5 167頁

 本作が発表された20年前は一般的でなかったのかもしれませんが、現在は精子の凍結保存といった手段があり、以前にレビューした武田一義『さよならタマちゃん』でも描かれています。

 とはいえ、生殖機能を失うことで心にどんな影響が出るのか、当事者でない限り想像するしかありません。

 おそらくは「正常」と呼べない私自身も、心身の両面において負担になっているような感覚で、生きているのが嫌になるときもあります。

 こうした話は親しい間柄でさえ切り出しにくいものですから、本作の友人のような存在が羨ましく感じました。

 最終4巻では、血液のガンと呼ばれる白血病が有する、非常に厄介な点が取り上げられます。

 しかし患者本人だけではなく、それを支える家族のしんどさを描いているのも、本作が『フラワー・オブ・ライフ』と題された理由なのかもしれません。




 ちなみに図形としての「フラワーオブライフ」も存在します。


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