たまには、風と、木と、話をしてみるのもいいんじゃない?
夏の夕暮れ、丘散歩。
その丘の上に立つ一本の木。
いつもこの木に会いに行く。
昨日は風が強かった。
いつものようにその木の前に立ってみると、枝が大きく揺さぶられているのが見えた。
丘の下から吹き上げてくる強い風。
この木がすべての風をカラダ全体で受け止めていた。
「枝が折れそう…。折れないの?」
思わず心の中で呟いてみた。
細い枝もあるからだ。
右へ左へ上へ下へと激しく風に揺さぶられる枝。
でも折れている様子はない。
今日も風が強いが、この丘にとっては日常茶飯事なレベルなんだろう。
少し離れた海から、下に広がる街から、この丘のてっぺんに向かって風が集まってくる。
(折れないよ。何故だか分かる?)
すぐに返事をしてくれた。
(枝はしなやかだからだよ。だから折れない。)
「柔軟さ、っていうことか…」
(そうだね。柔軟さを備えると強いんだ。)
なんて深い話をしてくれる木なんだろう。
調子に乗ってさらに話しかけてみた。
「風が、強い…ね。」
後方に身体が押される風の強さ。
(もっと強くするよ。あなたの要らないものを吹き飛ばすために。)
その言葉が聞こえた直後に、風が一段と強く吹き、一歩後ろに足が下がった。
耳がゴーゴーと鳴っている。
「要らないものって、なんだろ?」
(前に進む恐れ。わかってるでしょ?)
「うん、まぁね。そうだよね。」
(吹き飛ばしなさい。手放しなさい。ほら。)
さらに風が強まり、今度は2、3歩後ずさりした。
(もう、手放していいんだよ。あなたは分かってる。)
どんどん吹き上げてくる風に身を任せた。
そのまま空に向かって身体が浮いて飛んでいくんじゃないかと思うほど、ビュービュービューとリズム良く風が吹きつける。
(手放して)
風が吹きつける度に何度もそう聴こえた。
木が言っているのか、風が言っているのか。
聴こえた感じがするだけで、私の頭の中に言葉が降ってきている。
自分で自分に言っているのか。
それにしては、言葉と風が吹くタイミングが合い過ぎる。
ザワザワと力強く音を立て、右へ左へ上へ下へと風に揺られる枝が、まるで神社のお祓いのように私の頭上で振り払う。
丘の上の木の下で、全身が風に吹き抜かれ、枝に強く振り払われ、最後には下から上へと風に持ち上げられて、本当に私の中の何かが吹き飛ばされた感じがした。
聴こえた感じがする、吹き飛ばされた感じがする。
感じがする、でいいのだ。
それが、すべて。
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