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ー或る深き青の物語<3>ー(オリジナル小説)


このお話は、前作<1><2>の続きです。

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シルヴィーは、昼食後…ヨシュアの様子を見計らって、さっそく新たな自分の物語の執筆のために、ヨシュアの個人的な情報を得ようと「取材」を決行することにした。

アンナは、危なっかしいその姿を眺めハラハラしつつも、見守ることにした。

「ヨシュア、初めまして。私は、シルヴィア・バルマン。今、ちょっといいかしら?」

頬杖をつき、窓の外を少し疲れた様子で眺めていたヨシュアは、急に話しかけられて身じろぎした。

お昼休みが始まると、寂しくないように気を遣ってか新入りを囲んで、男性陣が数人寄り、彼と昼食を摂っていたが、次の授業の用意をするために取り巻きが離れたところを、シルヴィーは突撃したのだった。

「あぁ、別に…今は構わないよ。」

転校初日で、周囲と挨拶し疲れていたので、話しかけられることに気が重く感じられた。だが、こういうのも初日だけだと割り切って、明るい声色で返答をした。

「よかった。私、皆からは”シルヴィー”って呼ばれてるの。ぜひ、シルヴィーと呼んでね。これから、どうぞよろしく。」

シルヴィーはにこやかに、勢いよく手を差し出した。ヨシュアもその手を取り、握手した。

「よろしく。ヨシュア・ヴォークレンだ。”ヨシュア”でいいよ。」

シルヴィーの目を見やると、とても熱意に満ちていたので、気圧されてしまったヨシュアは、どうしてか焦って口角を少しだけ上げたような、作り笑いを浮かべた。シルヴィーがまっすぐ恐れず目を見入ってくるので、少し気恥しい。

「ヨシュア。出会えて嬉しいわ。休み時間の自己紹介を聞いていたんだけど、もう少しあなたのことが知りたくて…。あなたにいくつか、質問してもいい?」

シルヴィーは目を輝かせた。ヨシュアは、シルヴィーが自分に興味を人一倍持っている…というのは一目瞭然なのだが、何故か好意よりも他に意味があるのではないかと不安になり、胸がざわついた。

「質問…、それってどんな?」

「えぇっとね、まずは誕生日とか、好きなものとか…。」

そこまで言ってから、シルヴィーはポケットからメモとペンを取り出した。ヨシュアは、それを見て呆気にとられた。異様な感じがしたのである。

「それから、あなたの生い立ちとか、お家の構造とかお庭の様子、毎日どんなことして過ごしてるのか、年の離れたご兄弟のこととか…。」

シルヴィーは、これから聞こうとしている項目をまとめてあるページを開いて、意気揚々と質問項目を読んだ。ヨシュアは、無表情でそれを聞きながら、厄介なことに巻き込まれていきそうな予感に、目を伏せて静かに息を吐いた。

「ご両親のことや、お家のお仕事のことなんかも…」

そこまで聞いて、ヨシュアは表情を曇らせ、少し首を振った。

「シルヴィー…、すまない。僕は、必要以上に自分のことを話したくない主義なんだ。僕についてむやみにプライバシーに関わる質問をするのは、止めてくれないか。」

この会話を断ち切ろうと、シルヴィーの話を強めの口調で遮った。真剣に目を見て、自分のプライベートのことを聞かれることに嫌悪感があることを伝えた。

シルヴィーは、突如ヨシュアにやり取りを断られたことにショックを受け、呆然としたため返事をするのに、少し間が開いてしまった。

「そう…。ヨシュアは自分のことを聞かれるのが苦手なんだね。ごめんね、急に。あなたについて沢山質問しようとして…。」

インタビューと称して街中で色んな人に話を聞こうとして、断られるパターンが多いシルヴィーには、何てことないことではあった。しかし、今回ばかりは、彼を物語の主人公に!とかつてないような情熱が湧いていたので、会話もうまくいくと思い込んでいただけに、ここまで自分自身のことを聞かれたくない、とビシッと断られるとは、思いもよらなかったのだ。シルヴィーは、断られたことに気落ちし、おまけに嫌われたような気もして、伏し目がちに俯いた。

その様子を見たヨシュアは、何だか燦燦と輝く太陽が、雲に覆われてしまったかのようだ…と感じた。しかし、ヨシュアは自分のことを詮索されることのないよう気を付けて振る舞うと心に決めていたし、この子の態度は、他の級友達とはどうも違った執着心があるのではないか、と不審に思った。知り得た僕のプロフィールを、どうするつもりだろう。

「一つ、聞いておきたいんだけど。僕について詳しく聞いて、それをどうするつもり?」

ヨシュアの表情が、険しく感じたシルヴィーは、沈んだ気持ちを持ち上げて少し焦りながら答えた。

「いえ、あの…特に、私が個人的に知りたいだけなの。別に、周囲に言いふらすためだとか、何かで悪用するとか…そういうわけじゃなくて。ええと…」

シルヴィーは言いよどんだ。今度描きたいと思っている物語の主人公のモデルがヨシュアで、主人公のイメージ作りのために参考にさせてほしいとは、なかなか言い出せなかった。いつもなら、物語を描くのが趣味なので参考にさせて、と明るく言えるのに…。シルヴィーはどうしてか恥ずかしくなって、冷や汗が出たり、顔が赤くなってしまっているのを感じた。

シルヴィーが慌てたり、口をつぐんで何も言えなくなってしまったのを見て、ヨシュアは一旦シルヴィーを訝しんだりしてはみたものの、彼女の取り乱しようがわざとらしくはなかったので、なにも怪しい人物では無いように感じた。しかし、むやみに自分のことを知られたくはないので、このまま彼女とのやり取りは断っておこうと、冷ややかではあるが、その姿勢を変えずにおいた。

「そうか、疑って申し訳なかったよ。でも、もう僕に質問したりあまり話しかけたりしないでくれ。」


うなだれて席に戻ると、彼についての色んな情報を入手できると意気込んでいたのにも関わらず、肩透かしのような状況に心底がっかりした。そして、もっと上手な会話の方法があったんじゃないか、と後悔もしていた。

アンナは、二人の会話を自分の席から聞いていたのであるが、ああもすんなりとヨシュアが会話を断ってくるとは思ってもみなかったので、シルヴィーが不憫に思えた。もしかしたら、今後彼から避けられるんじゃないか…とすら思い浮かぶのだった。左隣に居て放心状態のシルヴィーの肩を軽く叩いて気遣うように落ち着いたトーンで声を潜め、話しかけた。

「ヨシュア君は、何だか手厳しそうな人物ね。」

シルヴィーは、黙って頷いた。手元のメモを見て、一つも項目埋まらなかった…とぼんやりとした。

「シルヴィー、ところであの受け答えじゃ、ただ単に相手に気があるみたいだったわよ。ちゃんと、物語の取材って伝えた方がよかったんじゃない?」

アンナは、悪戯っぽく笑いながら言う。シルヴィーは気落ちして重たい頭を働かせ、さっきのやり取りを何とか思い返した。

「…あぁ、確かにそうね、あれじゃあそう取られてもおかしくないわよね…。誤解されてたらどうしよう。」

ちらちらと斜め前の席にいるヨシュアの姿を盗み見る。するとこちらの様子を特に気にする様子もなく、静かに席についていた。


程なくして、ヨシュアとシルヴィーのいきさつを見ていた他の級友たちが、シルヴィーが自作の物語を描くことを趣味にしているために質問したいということだったんではないか、とヨシュアに口添えしていた。ヨシュアは、てっきり彼女が自分に急な恋慕の情らしき興味を抱いたために近寄ろうとしたんではないか…と考えていたので、まさか趣味のためにという意外な事実に驚いたり、なるほどと納得したのだった。

(続く)

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