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【part3】この先何が起こったって、米と味噌さえあれば生きられる。

大事な人と、互いに大事にしているものが同じだったとき、そこには少しだけ、何ともいえない嬉しさと安心感があると思う。

相手に求める条件 

「思うんだけどさ、『結婚相手に求める条件』って大人になればなるほど多くなってるはずのに、皆それを隠すよね。条件が増えすぎると『理想が高すぎる』だ『がめつい』だ言われるから、どんどん『これだけは嫌、これだけは譲れないポイント』だけを挙げるよね。ずるいよね。」

と言っていたのは私の数少ない友人の一人だ。
私とツレがまだ付き合う前の話である。彼氏いない仕事人間同士の、サシ飲みの場だったと思う。

互いに仕事人間だからと言って、恋愛ごとに興味がないかでいくとそうではない。彼女は最近行った合コンで何か思うことがあったようである。

「ずるいというか、本当に譲れないこと以外はだんだん、どうでもよくなるんじゃない?顔の好みとか正直気にならなくなるでしょ。」
と私が言うと、
「そんなことない。私はまだイケメンも高所得も諦めない。」
と言い切った。こいつのこういうところ、憎めない。

「ねえ、海はこれだけは譲れないって条件、何かないの?」

思わずしばらく考えてしまった。条件、か。何だろう。

実は過去にはこの手の質問に対しては「私の家族に耐えられる人」と回答していた。
なぜなら私の兄弟の配偶者たちが「森逸崎家もりいざきけ被害者の会」と冗談で呼ばれる程度には、うちの家族は何というか、この上なくアクが強いからだ。ことあるごとに発生する家族イベントに率先して付き合ってくれる人じゃないと、上手くやっていけないよな、と考えての回答だった。

でも実際、そんなもの私の立ち回り一つでどうにでもなる、ということに気づいてからは、特に相手に求めるものに対しての回答を用意していなかった。

それを考えながら、それだけ恋愛話自体久しくなってしまったのだな、と感じた。

しばらく考えて、「絶対」という訳ではないのだが、何となく昔から大事にしていることが思い浮かんだので口に出してみた。


「強いて言えば、サバイバルりょくかな。」
「サバイバル力?」
「そう。どんな状況でも生き抜く力というかさ。例えば大災害が来て家もお金も全部なくなったときに、その人と一緒に前向きに過ごせそうかどうかって、結構大事じゃない?」
「自衛隊と結婚したいってこと?」
「あはは。彼らサバイバル力は強そうでも、置かれる環境の危険度が一般人と大幅に違うじゃん。生き延びられるかはまた別。それに、私が危機的状況の時は、別の誰かを助けないといけない時でもあるでしょ?一緒には居て欲しいんだよね。」

友人は5杯目くらいのハイボールを煽った。
「居ないわよそんな男。」
そして私に一瞥をくれてから、別の話題をし始めた。


その後も私は、この「相手に求める条件」が我ながらしっくり来ている気がして、しばらく使い続けていたのである。



自給自足最強説

母親の影響というものは、潜在的にどこまでも付いてくるものなんだと思う。

思えば私の母は昔から、「何か災害があったとき、自分で生き延びられるだけの力を身につけておきなさい。」ということをよく子供達に言って聞かせる人だった。
お金がなくったって、作物を育て、自分が食べられる分だけでも確保する力を、ということだったと思う。

その方針ゆえ、実家は農家でもないのに田んぼを所有していて、毎年田植えから稲刈りまで経験させてもらえていたし、庭では少ないなりにも野菜を育てていたから、実家にいた頃は母と一緒に毎年庭いじりをするのが私の趣味みたいなものだった。

だから私が結婚相手に求める条件に「生き抜く力」を挙げたのも、ほとんど母の影響だと言っていい。


「家財一切流されて何もなくなっても、米と味噌さえあれば生きられる。お金を稼ぐ力も必要かもしれないけど、もっと大事なのはどんな状況になっても生き抜く力なんだよ。」と母は子供達に言い続けていた。

正直「なんで『米と野菜』じゃなくて『米と味噌』なんだろう」と思わなくもなかったが、言いたいことはわかる。私は自然と、毎年実家で行なっている米や野菜作り、味噌作りに興味を持っていった。



運命とか言うな

こんな友人との会話や母のことを改めて思い出したのは、ツレが今しがた、私の母と全く同じセリフを目の前で発言したからだ。

私は漫画のように目をパチクリさせてツレの顔を見ていたことだろう。
「え、ごめん、もっかい言って?」
「だからさ、結局、米と味噌さえあれば生きられるんだよ。」
無論、その母の方針をツレに話したことは一度もない。

.
今日は日曜。
買ってきたパンと、ツレが淹れたコーヒーで昼食を取りながら、いつもみたいにソファに座って他愛ない話をしていた。

その時はついツレの過去の恋愛が気になってしまって、「初デートってどこに行ったの?」とかいう話をしていた。

「俺さ、ずっと男子校だったから女の子と遊ぶ機会なんてそんなになくて、初デートも高校生の時だったのね。で、その当時はプリンスホテル内のカフェがデートスポットだったもんで、女の子とそこに行ったの。」
「ほーん?洒落てるね。」

「でさ、その女の子が『君は将来何になりたいの?』って聞くから、俺は『農業をやりたいんだ』って話をしたの。農業の素晴らしさを自分が思うまま懇々と説いたんだよ。」
「ええやん、農業。」

「そしたら」
「そしたら?」
「その場でフラれちゃった。当時いろんな企業がどんどん成長してきてて、その大企業に入るか官職に就くか、ってのが当たり前だったから、多分、その子は俺が将来性が無い男だって思ったんじゃないかな。」

大企業に入るか官職につくかは当たり前ではないぞ、と思いながらも、私は15歳の初々しい女の子が期待に胸を膨らませて、ちょっと大人びたカフェで意中の男性と2人でいるところを想像した。

年齢の割に中々明確な「条件」をお持ちの女の子だったんだろうな、と思うとなんだか好感が持てる。頭の中は、美味しいパンのことから、会ったこともないその女の子の映像に変わった。

「ふふっ。何というか、ちゃんと、したたかな子だね。」
と私は言った。

日常会話などではなく、きちんと「初デート」という場設定された状態で相手の将来を聞いてそれで付き合うか判断するなんて、一周回って効率的な女子だな、と思ったのだ。今でいう「街コンシステム」を1対1でやってのけるその感じ。


そんなことを考えていたら、次に言われたのが例の言葉だったのだ。
「俺は本当に、最終的には農業やりたいし、第一次産業は偉大だと思ってる。だって、お金なんかなくったって、米と味噌さえあれば生きられるからね。」
「え、ごめん、もっかい言って?」
「だからさ、結局、米と味噌さえあれば生きられるんだよ。」


ツレに言われた瞬間、女の子のことなんて吹っ飛んで、一気に母の顔とうちの教育方針を思い出したのだった。

だって今この人、『米と野菜』じゃなくて、間違いなく『米と味噌』って言ったから。

「ねえ、何でそう思うの?いつからそう思ってるの?」
と私が思わず高揚して聞くと、さも当たり前かのような顔してこう続ける。
「何でっていうか。そういうものだって心の底から思っているから。実家は別に農家でも何でもないけどね。いつからだろう、少なくとも小学生の時からボーイスカウトを割と本気でやって、サバイバルの訓練してたし。」


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我ながら単純だなと思うのだけど、母と同じそのセリフたった一つで、私は「この人とこの先も添い遂げよう」と決めたのだった。

私の母が、そして受け継がれるように私自身が大事にしていた考え方を、それも一言一句違えない言葉で、目の前のツレが言ってくれている。こんなに嬉しいことはないんじゃないか。

そして、私も農業に興味があること、その背景に幼少期の経験と母の言葉があることをツレに伝えた。

「そうだったのか。さすが、運命だな。」
とツレがニヤけて言うので、
「……うるさい黙れ。」
私は照れ隠しの言葉を投げつけて、パンをムシャムシャ食べてまたコーヒーで流し込んだ。完全に口の中のものを飲み込んでから、私は続けた。

「じゃあ、将来は、広い畑と田んぼのある家を私が建ててあげるよ。育てたい作物が育てられるように。」
「頼むよ。古民家なんてのも良いね。」
「最高ね。好きよ古民家。色々見て回ろう。」
「田舎に住むなら、その地域のコミニュティに根付く建物がいいね。」
「合点。」
そんな、約束みたいな会話をした、天気の良い日曜の昼下がり。

今、私は周りから「彼氏どんな人なの?」と聞かれた時には、part2で書いた「マメな男」に加えて、「生き抜く力がある人」と回答するようになった。

そして母に対しても、ツレについてはこう言うのだ。

「もし大きな災害が来て、家も職場もお金も全部流されてお互い何もなくなったとしても、『この人となら笑って助け合って生き延びられる』と心の底から感じられる人だよ。」



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