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暴れん坊将軍との闘い

真っ青に晴れたある真夏日の昼下がり、大学の帰りに祖母に家に寄った。ちょっと様子を見に行って欲しいと両親の思いと裏腹にお小遣い欲しさで引き受けた。駅ビルで普段買わないようなちょっとお高めなケーキを買い、大岡山小学校行きのバスに乗り込んだ。いつものバス停でおりて、木塀に挟まれたひと一人分の細い道を、日傘が塀にあたらないように腕を伸ばしながら通り抜け、ヒールの音がコツコツと響き渡った静かないつもの住宅街の道のりを歩いていた。

家に着き玄関のインターフォンを鳴らした。

(あれっ、出てこない。今日、行くって言ったのにな)

もう一度鳴らすが出ない。何回かしつこく鳴らしてみた。電話も鳴らしてみたが、無情にもベル音が鳴り響く。騒がしいテレビの音楽が聞こえてきた。

(なんだいるじゃん・・・)

庭から居間に回ってみた。ちゃぶ台のところに座り、テレビを見ている祖母を発見した。居間の縁側から上がろうと大きな窓ガラスを開けようと思ったら、鍵が閉まっていた。
(えっ・・・・どうゆうこと??)
「おばあちゃ~~~~~ん 開けてぇ~~」

一向に振り向かない。テレビのボリュームが大きすぎて外の声が聞こえないらしい。何回か叫んでみたが、振り向きもしない。
なにをそんなに夢中に見ているのかとテレビの画面に目をやると、祖母が愛してやまない暴れん坊将軍の再放送だ。

(げっっ!!暴れん坊将軍)

そして、タータタンタータタターンのメインテーマ曲が流れてきた。
しばらく夢中なはずと一瞬諦めたが、いかんせんこの暑い日にケーキを持っている。この状況まずいと、もう一度窓枠をドンドン叩きながら

「おばあちゃーーーん 開けてーーー」さらに大声で

「おばぁちゃーーーーーーーーーーーーーん 開ーーーけーーーーーて」

やばい。集中して将軍さまをうっとりとみてる。かなり夢中だ。。暴れん坊将軍との闘いである。今度は窓ガラスをガタガタさせて、口を近づけて隙間から大声で叫んでみた。この家は、今でいう古民家だが、おしゃれとはほど遠く、木枠の窓ガラスは今でいう“昭和ガラス“なので、風が吹けばガタガタとうるさい。そして、なんといっても鍵がネジネジする“ねじ締り錠“だ。そんな窓なのでガタガタさせれば隙間が空く。何回かガタガタさせてたら、近所の人に2度見されてしまった。

(やばい泥棒に思われた??いやいや、私ここんちの孫だし)

もうこれ以上できないので、やはり玄関からしかないと戻った。もう一度叫びながら、玄関扉もドンドン叩いてみたが、一向に返事がない。もうパンツまでびっちょり汗だくだ。
「もう勘弁してよーーー」とつぶやいた途端、玄関のすりガラスに人影が見えた。

「おばぁちゃん、私だよぉ、開けてーーー!!!」

やっと玄関が開き、祖母の第一声が「どうしたの??」だった。

(へっ、どういうこと??..)

「昨日、今日行くって電話したじゃん」と私

「あらまぁー大変ねぇ」

(なにどういうこと!!)

気を取り直し靴を脱いで、居間にようやく辿り着き、ふとテレビを見ると、将軍様が御沙汰を下してた。

「今ちょうど見てたのよ」

「うん知ってる。だってそこから見た」

と縁側の窓ガラスを指差して私は言った。

「えっ、呼んでくれればいいのに」と祖母

(いやいや、 アンタ、 暴れん坊将軍に夢中すぎだろう)

と心の中で突っ込んだが、おばぁちゃんにもなっても、少女の乙女な心で夢中になれるということが羨ましいというか、純粋というか。そんなこと思ったら、祖母の悪気のない顔を見て、思わず笑ってしまった。

暴れん坊将軍に完敗である。

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