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PM8:00、井の頭公園

「海って毛布みたい」と言ったことがある。おおきく波立つ水面は、覚えていないはずの赤子の頃の記憶を無意識下で呼び覚ます。やわらかく暖かい布に包まれて、おぎゃあおぎゃあと泣いていた頃のこと。赤子がなぜ泣くのか、という問いに、わたしは「この世に生まれた絶望」と答えたことがある。海は、絶望して泣く赤子にわたしを還す。そしてあたたかな毛布で、その絶叫と落涙を受け止めてくれる。わたしの二つの言葉を聞いていたのは同じ友人だった。友人はどちらの言葉にも、否定も肯定もせずただ、そういう見方もあるね、と素っ気ない素振りで、わたしは友人のそういうところが好きだった。

だから井の頭公園の池にも、友人に伝えるならどんな言葉にしようかな、と考えていた。20時になりマクドナルドを追い出され、散歩に来ていたのだった。池の揺らぎは難しい。きらきら、とかそういう、安直な言葉で表したくなかった。この細やかな漣を、今ここにいない友人にどう伝えたらいいか、幾分か悩んで、答えを出した。

——わたしたちはね、まずホテルの部屋に入るの。どんなホテルでもいい、ビジネスホテルでも、ちょっと奮発して高級なホテルでもいい、どんなホテルのどんな部屋でもはしゃぐよ、わたし。荷物下ろして靴脱いだ途端、ベッドに飛び込むわたしにきみは、はしゃいでんなあ、とかよそ事みたいに笑ってる。皺のひとつもない、完璧にメイキングされたベッドを、わたしがじたばたして乱した、あの、細やかで薄い布の皺。似てない? この、夜の池の漣に。

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友人はなんと言うだろうか。きっとまた、否定も肯定もせず、そういう見方もあるね、と素っ気ない返事をするんだろうか。やっぱり、そういうところが好きだなって、わたしはまた笑ってるんだろう。

海の近くに引っ越したい。けど、地方都市で生きていける性格じゃない。だから次引っ越すなら、井の頭公園周辺がいいな、と思っているんだ。実際、木々のそよぐ音は潮騒によく似ていた。今はコロナ禍だからいないけれど、よく大学生が騒いでいるのだけが難点か。それもまあ、住めば都になるかもしれないし。もし次の仕事が在宅でできるようなら、この辺りのアパートにしようかな。木々の潮騒を聴きながら、シーツの皺の水面が瞬くのを眺めて、煙草をふかして暮らしたい。だめかな。

友人はなんと言うだろうか。きっとまた、否定も肯定もせず、そういうのもありだね、と素っ気ない返事をするんだろう。そしてやっぱり、好きだなって、わたしはまた笑ってるんだろうな。


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