ふたりのタルコフスキーがいた、・・・家を捨てた父と、父の帰りを待つ息子
博多の書店「丸善」の映画本コーナーで偶然に見つけた本;ロシアの詩人アルセーニィ・タルコフスキーの詩集「白い、白い日」
でも、映画のコーナーになぜ詩集が置いてあるのか?
理由は、この詩人が、旧ソビエトの映画監督アンドレイ・タルコフスキーの実父親であったからだと思います。
タルコフスキーが旧ソビエト時代に作った作品5本のうち「鏡」と「ストーカー」には、この父親の詩がよく引用朗読されており、特に「ストーカー」で引用されていた詩には印象深いものがありました。
160分近くあるこの「ストーカー」という映画は、そこに行けば心の奥の願望が叶えられるという「秘密のゾーン」へ向かう3人の男たちの行動と心模様を描いています。全編、沈黙と哲学的な会話、超常現象、そして、対象を凝視しては神の視線にも切り替わるような映像と眩惑的な電子音響によって、心の奥底に彷徨いながら下降してゆくような不思議な感覚に陥る時間が流れてゆきます。
潜在意識下の願望が実現するという点は、同じ監督の「惑星ソラリス」とも共通した問題提起です。死んだ弟を生き返らせたいと願ったのに、大金が手に入ってしまい、ついには自殺してしまう男のエピソードが劇中で語られ、人間の魂のあり方にまでテーマは重く深くなります。
さて、その「ストーカー」から二つの詩を紹介します。
ひとつめは、第2部の始まり、男たちがあてどなく彷徨うシーンに重ねて朗読された詩;
ふたつめは、「秘密のゾーン」への案内人を務める男が、やっと最終目的地にたどり着いたときに思わず口からあふれる出る言葉として使われた詩;
ところで、一冊の本について
馬場朝子編「タルコフスキー 若き日、亡命、そして死」(青土社)
この本は、NHKのTV番組1996年放送「タルコフスキー その始まりへの旅」の取材記録でもあります。
1997年に書店で購入したこの本には、初めて目にするロシア時代の貴重な資料が豊富な写真とともに掲載されているのに加え、一番身近で共に暮らしていた妹マリーナさんのインタビューもあり、批評と分析の対象である映像作家タルコフスキーではなく、生い立ちと境遇から見えて来る人間タルコフスキーの核心が浮き彫りにされている点でも一読すべききわめて有意義な本です。
その中で、父と兄について妹が語る部分を要約引用します;
妹マリーナさんは、取材者に、幼年のタルコフスキーが父に宛てた手紙を見せてくれます。父が来るのをずっと待ち続けていた彼は、第2次世界大戦
勃発で戦場にいる父へ、「大好きなパパへ」で始まるたくさんの手紙を送っていたのです。
下記画像が、その一例;
父親は家庭を捨ててしまったので、その後、母親と息子、妹3人だけの極貧生活を味わいます。しかし、父親の詩集を読むと、彼の詩と息子の映画には、その考え方や人生観に深い共通したつながりを感じます。それは芸術家同士の感性なのか、親子の血かもしれませんが、まちがいなく父親は、「何か」を遺産として息子に受け継がせたのだと思います。
最後に
父親の詩集「白い、白い日」の巻末には、息子アンドレイ・タルコフスキーに捧げた詩「遺言」があります。5部に分かれて各部30行ほど書かれた、かなり長い詩です。息子タルコフスキーは1986年に54歳で死去、父親は1989年、82歳になるまで生きていました。
ここで、各部よりほんの一部を抜粋して紹介します: