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バレンシア、サッカー特等席からの報告書


 レストラン街を歩くと、そろそろ店支度だとシャッターを上げる人がいたり、昼からの客の入れ替わりにせわしなくしている人がいたりする。木陰になっているテラス席には風が吹いて気持ちよさそうだ。そろそろバレンシアも秋に向かっていくのかな。

 建物に日が当たると、レンガを使っていることや壁に凹凸の装飾が施されているおかげで影ができて表情が豊かだ。そこを抜けて、centro(中心街)に向かっていき、メトロに乗る。繰り返しチャージして使っている紙の切符がよれてしまっている。

 そこを行けば、そこまでに通る道の景色がある。身体に染み込み、慣れ親しんだ動きがある。思うことがある。

 ようやく僕はバレンシアでクラブに入り、サッカーをすることができる。

 それは、家を出てからメトロを使って1時間かけてたどり着くこの道のりみたいに遠かった。練習場まではチームメイトが車で迎えに来て更に30分かかる。練習に向かう車の中で、キーパーのPacoはいつもレバンテの試合をラジオで聴いている。バレンシアファンだと言うと、ふざけるな、と呆れた顔をされる。

 結局、僕が今のクラブと契約するに至るまでに、おおよそ4ヶ月、2つのカテゴリー、8クラブを渡り歩くこととなった。

 往生際も諦めも悪い。ここのところは僕の粘り勝ちということにしておいてほしい。いつも理想通りとはいかなかったが、それなりに自分のベストを尽くして、何とか納得のいくところに腰を落ち着けてきた。それで、サッカーに嫌気が差すこというのは全く無かった。むしろ、一層にサッカーにのめり込んでいくのだ。

 僕にとっては、それはピッチに立っていることに意味がある。大学卒業のタイミングで、ピッチからは退いて別の形でサッカーに携わることもできた。実際、ピッチの外で起きていることにも興味があり、そこにこそサッカーの可能性は広がっていると考えている。

 しかし、今僕はここ、スペインのバレンシアでサッカーが地域に、コミュニティにどのように組み込まれていっているのか、それをピッチの上に立って目撃しなければいけない。ここから見る景色がどれほど壮観な眺めであるか。

 今所属しているクラブは田舎町の小さなクラブだ。山々に囲まれ、霧に覆われることも多い。夏にはトマト祭りがある。しかし、週末の試合がホームで行われるとなれば、多くの人でcampo(スタジアム)は埋め尽くされるのだ。

 もちろん、隣にはバルがついている。試合前にカフェを飲む選手もいるし、子供の練習の間待っている親御さんもいる。監督、スタッフや幹部がミーティングをすることもあるし、新入りの歓迎で夕食会が開かれることもある(お決まりの、歌を歌わされるのはここ!)。

 ロッカールームはいつも騒がしい。これはいつどこでも同じ光景だ。全員と握手で挨拶を交わして、いつもどおり馬鹿みたいに笑って、この時間は大好きだ。Pacoが大声で騒いで盛り上げている。若手がいじられる。日本のことをあーだこーだ聞かれる。香港は日本じぇねえよ、いつも挨拶の度に手は合わせねえよ、のくだりは何回もやった。

 Pacoに、前はどんなクラブにいたのか、と質問した。彼はもう40近くて、そこそこ大きい子供もいる。彼は、「Tercera(4部)、Segunda B(3部)もあるし、前にはSegunda(2部)でやってたこともあるよ」と言う。「Segundaってどこにいたの!?」と聞くと、「レバンテだよ」と答えた。

 そこで僕は、彼が今もしきりにレバンテの試合を気にしていて、熱狂的なファンであることに感動した。彼も、彼の家族も、レバンテを心の底から応援している。

 今まで、サッカー選手には移籍があるからクラブやコミュニティとの付き合いは難しい、という意見を多く耳にしてきた。実際、自分自身もそう思っていた。

 しかし、ここには好きになれるクラブがある。campoに来れば、知っている顔があって、いつでも迎え入れてくれる。その域は、クラブを中心にして、チームメイト、家族の枠を超えている。

 クラブは、全員をメッシやロナウドみたいな英雄にすることはできないが、そこに関わる人全員をファンにすることはできる。僕はすでに、今住んでいるバレンシアのファンだし、所属しているこのクラブのファンである。

 そして、それをピッチに立って体感することができることを本当に嬉しく思っている。応援してくれている人がいる限り、どんな試合も戦える、そのために走ることもできる。

 それは、誰よりもサッカーを近くで観察し、深く知り、楽しむことのできる特等席だと言えよう。

 


一応この度の契約が地元メディアに取り上げられました。

https://golsmedia.com/un-samurai-desembarca-en-el-cd-bunol/


僕よりもよっぽど言いたいこと、大事なことがこの記事に詰まっているので読んでください。


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※7/29時点で一度書いたnoteがあったのですが、未公開でした。今見るとその時の苦労も見られるので、消すのももったいないので載せることにしました。ただ、載せると長いし、前に書いたものって恥ずかしいので、ここからは有料公開にします。読んでも読まなくてもいいです。

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