地獄のぜい肉退治~仙台松島往復マラソン(前編)~

私には筋肉バカの友人がいる.もちろん誉め言葉だ.
どれぐらいバカかというと,
食事制限を極めてあらゆる食材の糖質,脂質量を暗記しているストイックさはもちろん,胸筋を鍛えすぎて脇が締まらなくなったり,上半身を異常に鍛えて身体が重くなった結果足首をぶっ壊すという少々お茶目な一面も持つ.しかもマッチョに似合わず甘い物が好物で,
「菓子パンは食感が軽いので凍らせてから食べると満足感がある」
という謎理論をぶちかまし,キンキンに凍ったメロンパンをシャリシャリ齧るようなナイスガイだ.ここでは本人のイニシャルから彼の事をGと呼ぶ.名前を言ってはいけないあの虫のような響きがあるが,このまま進めるので慣れていただきたい.
そんなGと昨年末,仙台から松島まで走って往復するというプチ偉業に挑んだ.

年末年始は帰省しないことにしていたので,一人で安い寿司でも食いに行こうかという贅沢計画を企んでいた時,Gから一件のLINEが来た.

「フルマラソンからの温泉決めるやつやりたいんやけど一緒にやらん?」

ほう,字面だけ見たらすごく良い.マラソンで疲れ切った身体を温泉で癒やすなんて素晴らしいではないか.味気ない年末を締めくくるイベントとしては申し分ないー
いやちょっと待て,年末にそんなマラソン大会があるのか?仙台でそんな大会があるなんて聞いたことが無い.あったとしても今はもう12月中旬なのでエントリー締切はとっくに過ぎているだろう.いったいそれ何の大会?とGに問い詰めたところそんな大会など無いと一蹴され,あくまで減量を目的とした自主トレーニングがしたいとのこと.

究極の自主ドM減量実験だ.

普通の人なら断るだろうが,体力にはそれなりの自信があり,Gに引けを取らないレベルのバカである私は乗り気だった.自主ドM実験の敢行は2秒で決定し,その10秒後には「どこを目的地にどのルートを走るか」という議題に移っていた.
そこで長野県出身のGによる「海を目指したい」という一言により,大阪府海無し市出身の私は色めき立った.ええやん,海.そして宮城県沿岸の観光名所である松島を目指すことで合意した.バカの議論はいつだって単純である.

温泉に入ることまで含めた当日の計画はこうだ.
まず早朝に仙台市内の温泉施設を出発し,松島を目指して走る.松島で少し休憩をした後出発地点まで走って戻り,ゴール後温泉に直行.

なぜわざわざ早朝にスタートするかだって?
海からの風はとても冷たいが,早朝は風が凪ぐのでそこまで寒くなく,朝に吹く陸風は弱いので走りやすいという理学部の知識を活かしたGの提案だ.
何とまあ頭の良い考察だろう.彼のことをバカ呼ばわりした奴の顔が見てみたい.

この計画,文字にすると実に簡単そうだが,仙台松島間は往復約42kmで,フルマラソンかそれ以上の距離を走る必要がある.しかもムキムキマッチョのGは明らかにマラソン向きの身体ではない.これは俺がしっかりしなきゃと思い,Gの荷物を持ってあげられるようランニング用のウエストポーチを購入した.これだけでもう完走した気分になるから不思議である.参考書を買っただけで勉強した気分になるあの現象と同じだ.

前日の夜,別の友人に今からギョーザを食べに行こうという誘いを受けたが,マラソン前日にヘビーなものは避けたいし,ニンニク臭を松島にまき散らす訳にはいかない.かといって馬鹿正直に
「明日松島まで走るから無理」
と答えたらいろいろ聞かれて面倒なので,テキトーに嘘をついて丁重に断った.
この日はいつものようにYouTubeでダラダラ時間を潰すこともなく,普段より数時間早く床に就いた.明日の朝は早い.

翌朝,まだ夜が明けないまま起床した.日の出より先に起きるというのは人間の本能に反する行為だからだろうか,異常に眠い.毎日こんなことをやっているなんて,朝番組に出ているアナウンサーさん,漁師さん,パン屋さんetc.は尊敬に値する.
素早く身支度を整え,Gと合流するため家を出た.
嬉しい事にGは車を持っており,私の家の近くまで迎えに来てくれることになっていた.圧倒的感謝.
到着を待ち侘びていた時,Gから一件のLINEが来た.

「すまんうんこの時間計算してなかったのと窓が凍ってるのとで10分ぐらい遅れる」

大学生が集合時間に遅れることは常識で,このようなうんこ関連の遅刻も珍しくない.
Gがうんこ方程式の解法をミスったために少し待たされることになった.一瞬「うんこが凍る」とは何ぞやと目を疑ったが違った.Gが凍らせるのはうんこではなく菓子パンである.

極寒の中待つのは辛いが,送迎してもらう立場なので文句は言えない.
「おけ笑」
とだけ返し,到着を待った.
それから間もなくして可愛らしいボディの軽自動車に乗ったGがやってきた.ドアを開け,全然可愛らしくないボディのGと挨拶を交わす.
ドM2人を乗せた軽自動車は暗闇の中エンジン音を響かせ,温泉施設へと向かった.

今回は自らの身体を犠牲にした減量実験なので,Gはあらかじめ体重を測ってきたという話をしていた.42km完走後,どれだけぜい肉がそぎ落とされたかを調べるのがこの実験の目的だ.ちなみに私はバカなので体重を測り忘れていた.

早朝の道はとても空いており,心の準備も出来ぬままスタート地点の温泉施設に到着してしまった.え?もうスタート?という感じだ.
ガラガラの駐車場に車を停め,ストレッチで身体をほぐす.利用者以外の駐車はご遠慮くださいという看板にギクリとしたが,まあ6時間後ぐらいに利用するのだから大丈夫だろう.少し身体が温まった頃,空がぼんやりと白み始めた.いよいよスタートだ.
貴重品持ったな?車の鍵閉めたな?よしオッケースタートや!
しかしマラソン大会と違って,スタート直前の張り詰めた静寂を切り裂く号砲は無い.私たちは地平線に隠れた太陽に急かされるように,
「じゃまあ,行きますか〜」
という非常に緊張感の無いスタートを切った.

究極の自主ドM実験の幕開けである.

~中編へ続く~

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