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仙台から福島まで24時間寝ずに歩いた話~完結編~

(続き)
痛みに耐えながら夜道をひたすら歩く。寒さも増す一方だが、精神だけは大丈夫だ。スマホから流れる音楽に助けられた。そして相棒のRに助けられた。一人だったら絶対に心が折れていただろう。お互いに励まし合いながら福島を目指す。

満天の星空の下、なぜかボンジョヴィを熱唱することに味を占めた。歌詞が分からない部分はノリで何とかした。大学生とは物事の8割をノリで解決する生き物である。そもそも24時間ぶっ通しで歩く事になったのも「ノリ」という得体の知れない概念のせいだ。
足の痛みを深夜テンションという名の麻薬でごまかし、何とか山道を越えたようである。マップで確認してももう山らしい山は無い。厳しい急勾配も、熊の恐怖ともこの下り坂でお別れである。そしてラスト下り坂の中腹で

「福島県 国見町」

の標識が目に飛び込んできた。とうとう福島県に入った!!
時刻は午前2時。望遠鏡も踏切も無い田舎道で私たちは思わず抱き合い、人目も憚らず叫んだ。といっても周囲には人っ子一人いないので、「人目も憚らず」という表現は間違っているだろう。こういう場合なんと書けば良いのか。

バカ学生2人はついに宮城県を越えることに成功した。しかし深夜テンションももはやこれまでか、少しづつ足だけでなく全身にも疲労を感じ始め、ペースが落ちる。
加えて眠気にも襲われたが、なにより足が本当に痛い。入念なストレッチやマッサージをしないとダメだ。氷のように冷えた地面に座るのは避けたいので、どこか暖かい室内で休憩したい。しかし夜中に開いてるのなんてコンビニしかない。思えば山道に入ってからここまで全くコンビニを見ていない。次のコンビニは一体いつ現れるのだ??

マップよマップよマップさん、ここから一番近いコンビニはど~こ~?

鏡、じゃなくてグーグルマップによると、数キロ先に3軒コンビニが連続したコンビニオアシスがある。とりあえずここまでは頑張ろう。
しかし、イートインコーナーがあるコンビニでなければゆっくり休んでストレッチをする訳にはいかない。その3軒の中にイートインコーナーがあることを祈った。
足、というよりかは全身を引きずるようにしてなんとか一軒目にたどり着いた。不審に店内を覗き込む私たちの動きは完全に強盗の下見のそれと同じである。
ダメだ。イートインコーナーは無い。ここは諦めて数十m先の二軒目に向かった。
二軒目も強盗下見の要領で確認する。アカン。ここにもそれらしきコーナーは無い。
もう三軒目に賭けるしかない...。もし無くてもとりあえず三軒目に入ろう。寒いし眠いし空腹も限界だ。

砂漠のオアシスを目指す遭難者のごとく三軒目のコンビニへと向かった。ていうかなんでこんな狭い範囲にコンビニが乱立してるわけ?さっきまで全くなかったくせに...街づくりどうなっとんねん。
三軒目の周辺にはだだっ広い駐車場が広がっており、休憩スペースとコンビニが併設された道の駅がでんと構えていた。

神よ...

イートインスペースどころか道の駅とは。これは大いに回復が見込めるぞ。期待を膨らませながら歩み寄った。しかし時刻は午前3時を回っている。電気は点いているが、開いているとは限らない。
恐る恐る道の駅に繋がる自動ドアに近づいた。頼む。開いてくれ...
ウィーンという音を立ててドアが開き、私たちは歓喜の雄叫びを上げて抱き合った。モーゼもこんな気持ちだったのだろうか。自動ドアが開いただけでこんなに喜べることはこの先無いだろう。広いトイレやベンチまで置いてあるではないか。至れり尽くせりとはこのことだ。

併設されているコンビニでカップラーメンを購入し、休憩スペースで食べた。本当に美味しかった。どんな人気店のラーメンでもあの時の味は越えられないだろう。
そしてまたもやバンテリン湿布祭り開催である。ストレッチをしたら本当に痛い。靴を脱ぐだけで一苦労だ。繰り返し筋を伸ばして少しでも回復を試みる。
ここで最後の切り札、痛み止めの薬をいよいよ使う事にした。
医学部のRが用法容量などをくまなくチェックしてくれている。飲み過ぎは危険らしい。んなもんどうでもいいんだよ10錠ぐらいよこせやと思ったが、それを口に出してはいけない。なぜなら彼は医学部だからだ。工学部の私は門外漢なのだ。しかしその暴言が出かかるほど足が痛かった。
痛み止めをぶち込み、ストレッチを続ける。少しはマシになった気がする。
1時間ほど休憩し、午前4時頃に道の駅を後にした。残りは約15km。あと2時間ほどで夜も明ける。気温が上がってくればこちらのもんだ。


***
ストレッチと痛み止めが効いたのか、幾分か足の痛みは引いている。これなら行けそうだ。夜明けまでの辛抱だと言い聞かせ、歩いた。
住宅地を越え、市街地が近づいてきた。アップダウンももうほとんど無い。
空がようやく白み始め、冬の星座たちがだんだんと姿を消してゆく。Rを不審者たらしめていたヘッドライトもここでお役御免となった。

日の出を迎える頃、気温と共に私たちのテンションが最も低くなった。
足の痛みに加えて眠気と疲労が急激に押し寄せてきたからだ。口数は極端に少なくなり、気休めにボケをかましてみても明らかにRの反応が薄い。夜明けまでの辛抱だとさっき書いたが、むしろ夜が明けてからの方が精神的に辛かった。
もう心も折れそうだ。しかしそこにはどん底の私たちを救う一筋の光。

福島市に入ったのだ。

ようやく国見町が終わった。これを最後に市町村の境界を越える事は無い。県庁所在地にしては境界の看板がしょぼすぎる気がしたが、ズタボロの精神を癒やすには十分だった。一応福島まで歩いたことにはなるが、目指すゴールはここではなく福島駅だ。なぜなら仙台までは電車で帰ることにしていたから。残りは約8km。

日差しも届くようになり、気温はぐんぐん上がっていく。
しかしもう寒さではなく、足の痛みと疲労による辛さがほとんどを占めていた。暖かくなったところで楽にはならず、焼け石に水だった。
全然進まない。肩も首も痛い。通り過ぎる全ての車に向かって「楽しやがって」という理不尽すぎる怒りを抱いていた。こうなるのを選んだのはお前だろというツッコミを入れたい。

かなり市街地まで来た。マップ上では福島駅までもうすぐだ。ここで一度ガストに立ち寄り、朝食と呼べるか分からない食事を摂った。もう意識混濁状態だったのだろうか、味はあまり感じなかった。腹に入れるだけ入れたという感覚。この休憩を最後にゴールまで突っ走る、いや、突っ歩くつもりだった。言いづらいことこの上ない。

再出発。もう痛み止めの効果も切れたのか、足が燃えるように痛い。この時の私が脳内メーカーをやったら「痛」の文字で埋め尽くされただろう。痛くないんだという自己暗示も全く意味が無く、もはや境地に入っていた。
境地に達した人間は何らかの知恵が絞りだせるものである。私は痛みにあえぐなかで、

「腕を前後に振らず、膝を曲げずに身体の外側から足を回すように持ってくるとあまり痛くない」

という事に気づき、実践した。といっても痛みレベルが10から9になるぐらいの効力しか無いのだが。
この歩き方がどんなものになるか想像がつくだろうか?
そう、ペナルティワッキーさんの芝刈り機のモノマネである。私は福島駅まであと2kmという段階で人間から芝刈り機になった。人通りは多いが、もう恥ずかしいとかなんとか言ってられるレベルではないほど痛い。

日はかなり高くなっており、暖かい。それでもペースは時間とともに遅くなった。1km歩くのに1時間以上かかっている。痛い。痛くて仕方がない。膝の曲げ伸ばしが本当にできない。痛すぎる。トーカーズハイはとっくに終了しており、二人とも終始無言だ。精神的にも限界である。
しかし駅ビルはもうすぐそこに見えている。このばかばかしい挑戦もあそこに到着すれば終わるのだ。もう少し。
ここでひったくりに遭ったら確実に泣き寝入り案件だが、福島の人々は優しいのでそんな事件は起こらなかった。
ありがとう福島県のみなさん。もう少し頑張ります。そしてバスロータリーを越え、私たちはようやくその時を迎えた。

福島駅だ...


時刻は午前9時20分。仙台出発から約23時間半かけて福島駅に到着した。
どんと鎮座する「福島駅」の看板。この駅を生活圏とする人は見向きもしない文字かもしれない。だが私たちはこれを見るために、人目もはばからず足を引きずって歩いてきたのだ。抱き合う気力すらもう無く、Rと軽い握手を交わして喜びを分かち合った。日曜日の朝からこんな事をしている私たちは明らかに浮いていた。
距離にして80km。本当に仙台から福島まで歩き切ったのだ。人間やれば出来るんだ。米沢を諦めたことに何の負い目も感じなかった。米沢牛なんて金さえ出せば食える。この達成感、プライスレス。

***
さて、無事にゴールしたわけであるが、米沢から急な進路変更を経たため、福島で何かをやる予定は皆無だった。そもそもこの足の痛みで出来ることなんて限られているのだが。

温泉じゃ!温泉に入るのじゃ!元々温泉で身体を休めることは計画していたので、これが最優先事項だ。早くこのぶっ壊れた足を温泉で癒やさなければならない。近場の温泉を探すため、グーグルマップを再度召還した。

マップよマップよマップさん、ここから一番近い温泉はど~こ~?
検索結果を見た私たちは膝から崩れ落ちた。

温泉が無い!!!


福島駅周辺には本当に温泉が無かった。いや正確に言うと4kmほど離れたところにそれっぽいのはあったが、なにせ80km歩いた後だ。もう10mだって歩きたくない。

Rの話によると駅チカに健康ランド的なやつがあるはずだったが、どうやら1年ほど前につぶれたらしい。なぜなのだ。あと1年経営が持ちこたえてくれれば...
日曜日の朝、福島駅で絶望に打ちひしがれていた。しかし温友Rは決して諦めなかった。仙台駅に電車で戻る途中で下車すれば温泉があることを突き止めたのだ。持つべきものは温泉への情熱を絶やさない友人である。
福島駅でお土産も何も買わず、なるべく最短距離で駅のホームへ向かった。ホームがまたかなり遠く(正常な人からすれば近い)、足取りが重い。

目的地は名取だ。ここなら駅から約1km地点に風呂屋がある。福島らしいことは何もせず電車に乗り込み、シートにずどんと腰を下ろした。2両編成の電車は私たちが何時間もかけて歩いた道をものの数分で駆け抜けてゆく。改めて文明ってすごい。

何とか寝過ごすことなく名取駅で降りる事に成功した。風呂屋まではわずか1km足らずだが、もう歩けない。私たちはタクシーを使う事にしたが、駅前のロータリーは閑散としている。このままタクシーが来なかったらどうしよう...
とりあえずトイレだ。この破裂しそうな膀胱を解き放ってやるのが先である。
そしてトイレを終えたとき、ロータリーにタクシーが入ってくるのが見えた。
あれに乗るしかねえ!!!しかし足が痛くて全く走れない。おーいおーいと声を絞り出し、壊れた操り人形のような歩き方でタクシーを追った。お願い、止まって...
私の願いは見事叶い、タクシーはこちらに気づいて停車した。神は私たちを見捨てなかった。
あれだけ必死に止めたくせに目的地はたった1km先の風呂屋だ。明らかに運転手からは不満の色が滲んでいた。しかしもう構ってられない。ワンメーター分の料金を払い、運転手に睨まれながら風呂屋に転がり込むのであった。

~おわり~


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