2020年1番笑った話。

昨年。令和2年。2020年1番笑った思い出を想起する。

あれはうだるような夏の日。

近所の焼肉屋にバンドメンバーと元バンドメンバーと四人でランチを食べに行った。夏とはいえコロナ禍の緊張感もありながらも、久々の会食だったので話は弾んだ。

話題なんて本当に他愛も意味も無い。男四人で好きな俳優や好きなドラマの話を繰り広げていた。

何かの弾みで「向井理」の話になった。

イケメンだよね。あの映画が好きだよ。誰と結婚したんだっけ？

そんな中場を囲む一名。僕等のバンドでサポートドラマーとしてやってくれているI君が突然こう言った。

「向井理と言えばアレだよ！ホモダンディーズ！」

ホモ…ダンディーズ…?

こいつは何を言ってるんだ

突然場の集中力が高まる気配がした。

I君は続ける

「ドラマだよドラマ！」

I君以外三人はハッキリと確信した。

そんな名前のドラマは存在しない。

ダンディーはまだ解る。

コンプラに緩やかな昭和ならともかくタイトルに「ホモ」と銘打たれたドラマが放送できるとは思えないし、仮に放送していたら絶対に印象に強く残っているはずだ。

I君は自信満々の顔で「絶対やってた」と言ってのけた。

僕はコッソリと手元の端末で「向井理」をWikipedia検索した。

向井理(むかい　おさむ)

38歳。2006から俳優として活躍している。妻は女優の国仲涼子。

彼の出演作品をザーッと観る。向井理さんの14年間のキャリアの中に「ホモダンディーズ」は当然無い。

あるわけが無い。

これはI君が音の響きで勘違いしてるのでは無いのか？

一縷の希望を乗せてWikipediaから響きが似てないとも言えなくはないタイトルを述べた。

それは「バンビーノ」ではないか？

I君「違う」

「THE BUDDY」では無いか？

I君「違う。ホモダンディーズだ」

何度も繰り返されるその単語に同席者K君はもう追求を諦めて白目を剥きそうなくらいに笑い転げていた。

K君「なにwwwそれwwwそんなwww」

I君「ホモダンディーズだって！映画にもなってる！」

K君「もうwww やめてwww 勘弁してwww」

別角度から攻めるしかない。そうだ、タイトルではなく内容から特定しよう！

「どんなドラマなの？」

I君「え？なんかダンディーなホモが出てくる」

k君「あばばwww もうwwww やめてwwww」

I君は平行世界から来たのかもしれない。

阿鼻叫喚の地獄だった。焼肉の煙と窓ガラスから入る日光でただでさえ汗だくなのに。飛沫感染を防ぐためにブースにカーテンが閉められていたが、外からも僕達の絶笑は聞こえていただろう。

居合わせたお客さんからしてもカーテンの向こうからホモダンディーズ！ホモダンディーズ！と悲鳴が聞こえる様はさぞ地獄だったろう。

しかし僕の脳内は「映画になってる。ダンディーなホモ」というヒントで一筋の光が見えていた。

まさか…いやでも…あり得ない…いやしかし…

光は見えていても答えに辿り着くには超えなければいけない大きな壁があるのも確かだった。

しかし諦める訳にはいかない。K君はもう限界で過呼吸みたいになっていた。意を決して一筋の矢を射た。

壁を…貫け！！

君の言う「ホモダンディーズ」

正しくは

「おっさんずラブ」ではないか？

I君「あ、それかも」

勝った。

しかしこちらも手傷を負った。「おっさん」がダンディーに変化するのは連想だから百歩譲って許すとしても「ラブ」が「ホモ」は宇宙的な飛躍だ。

「ポルノグラフィティ」から「アンダーグラフ」

そんなレベルの飛躍だ。I君の脳内では。

センシティブなテーマを扱うドラマだからこそ一般の方にもポップな印象をもってもらうためにつけたであろうタイトル「おっさんずラブ」

狙いとしてはこの上ない成功と言えるだろう。このタイトルで無かったらきっとまた違う評価だったのでは無いかと思う程に巧妙かつソフトな語感だ。

しかし今ここで記憶力の腐敗した彼によってその何重にも重ねた緩衝材を一気に剥がされた上に泥を塗られた状態で僕達の前に現れた。しかも複数で逆立ちもしている。

「ホモダンディーズ」として。

ごめんよホモダンディーズ。気づいてあげられなくて、

許してくれホモダンディーズ。そんなに近くにいたんだね。

結果的にそのタイトルを連呼される面白さよりも、その飛躍の凄まじさの方が面白かったので結局僕等は全員全身の水分が無くなるくらい笑った。

だって僕達は途中から気づいていたんだ。

この答えに辿り着くためにどうしても壊さなければいけないそびえたつ壁に。

「おっさんずラブ」に向井理出てねえんだ

数分経ちようやく息を整えた僕達は話題を変える事にした。

「世にも奇妙な物語で好きなエピソードの話しよう!」

I君「ああ　世キモね！」

その略し方は知らねえよ