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短編小説 「ビジターズ」 後編

 ゆきは自身が今、強盗にあっている状況なのだと気づくまで数秒を要した。

 「この家には何もーー」

 「黙れ。今ここにはお前の他に誰かいるか? いたら頷け。いなかったら、首を横に振れ」

 ゆきは、暫しの間を起き、首を横に振る。

 「ねぇ、この家は私のーー」

 「黙れって、言ったよな」

 黒田はゆきの言葉を遮り、「今から手を離すが、声を出さずに振り向いて、部屋の奥へ行け」と命令する。

 黒田が手を離すと、今度は命令通りにゆきは声を出さずに振り返り、奥へと進んでいく。

 「騒いだ瞬間に刺すからな」と常套文句を囁きながら、辺りを警戒し黒田も後に続いた。

 リビングに辿り着くと、驚いたのは黒田の方だった。床には割れた花瓶や、机の上にあったであろう物が床に散乱としている。

 「なんだ? 派手な夫婦喧嘩でもしてたのか?」

 辺りを見回す黒田の隙をゆきは見逃さなかった。棚の上に置いてある鋏をそっと手にする。 

 「なにしてる? こっちに来い」 とゆきを怒鳴りつけるが、怒鳴り声はすぐさま叫び声へと切り替る。振り向きざまにゆきは、黒田の太ももへ深々と鋏を突き立てていた。続けて、落ちているガラスの灰皿を素早く拾い、黒田の頭を殴打した。

 床へ崩れ落ち、痛みに耐えかね暴れる黒田にゆきは素早く覆い被さり、黒田が落としたナイフを奪うや否や、胸に突き刺そうとする。

 「ふざけんなよ、この野郎」

 過去の強盗の際、多少の抵抗や反撃を受けた事はあったが、大半は怖さで何もできない者たちばかりで、ここまでしっかりとした攻撃を受けたのは黒田にとって、初の経験だった。

 「ん…」

 歯を食いしばり、精一杯の力でゆきはナイフを握る手に力をいれる。頭と足の痛みから、思うように力が出ない黒田は徐々に焦りを見せていく。

 「ま、まて。 待ってってば。ちょっと、落ち着け。なぁ、落ち着けって言ってんだろ」

 歯が黒田の服を貫通し、肌に触れた。

 「いでぇよ、待てって。ざけんな、こら」

 必死の形相のゆき。ズブリと刃先が突き刺さり、黒田も覚悟をし始めた時だった。ゆきは急に糸が切れた人形の様に力が抜け、覆い被さったまま倒れた。

 ゆきの口元から吐息が聞こえると、黒田は安堵した。

 黒田の強盗の手口は、サプリと偽り睡眠薬を飲ませ、寝ている隙に物色し、金目の物を奪うというものだった。大抵疑って飲まない者が多いが、その時は力ずくで行使していた。今回は女が飲んでくれた事が、結果、黒田自身を救う形となった。

 脱力した人の身体は事の他重く、力を込めゆきの身体を押しのけた。痛みを堪えながら、鋏を抜き、立ち上がる。

 「ったく、なんなんだよ、こいつは…なんなんだよ。くそっ」とゆきを蹴りつけ、黒田は叫んだ。

 足から流れる血が止まらなかった。止血用の布を探し、辺りを探すが見当たらない。リビングの奥に別の部屋への入り口を見つけ、扉を開けた。だが、部屋の中を見た黒田は思わず閉めてしまう。

 「なんなんだよ…何がどうなって…」

 混乱したまま扉を再び開け、覗きこむ黒田が見た光景。それは猿轡をされ、手足を拘束されている中年男女の姿だった。二人は必死に何かを訴えかけているが、猿轡で聞き取れない。

 いくら考えても答えはでない。煮え切らない想いを抱いた黒田は、思い切って男性の柄猿を外してみた。すると、「ありがとう。叫び声を聞きつけて助けに来てくれたんだな」と意外な答えがかえってきた。

 「助け…?」

 「ああ。あの女がまさか強盗だったとは…単なる営業の女だと思って油断したばかりに。でも、安心してくれ、何とか警察に連絡はしておいた。もうじき来るはずだ」

 黒田が男性を見ると、手にはスマホが握られている。黒田は自身の状況を漸く飲み込み、「くそっ、まじか…」 と思わず嘆いた。

 遠方からサイレンが聞こえてくる。戸惑う黒田の後方、ゆきが倒れこんだままの状態で、力強く鋏を掴んだ。

おわり


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