タンゴは現在進行形
サロンだのミロンゲーロだのヌエボだの、よく聞くけど違いがイマイチ解らない? そこで、現在踊られているのいろいろなアルゼンチンタンゴのスタイルについて、私なりにまとめてみました。
(タイトル写 by Preillumination SeTh )
1983年以降
アルゼンチンタンゴは、十九世紀末から二十世紀初頭の創成期、1930-1950年代のタンゴ黄金時代、1976-1983年の軍政による抑圧の時期、1983年の民主化後のグローバル化の時代を経て現在の姿になりました。詳しい歴史はあちこちで述べられているのでそちらを見ていただくとして、ここでは、現在の踊られているアルゼンチンタンゴのスタイルに絞って書きたいと思います。
現行のスタイルについては様々な考え方があるのですが、私はまず観るタンゴ(ショー・タンゴ、ステージ・タンゴ)と踊るタンゴ(サロン・タンゴ)に分けて考えています。なぜかというと、1983年の民主化以降、アルゼンチン国外でいくつかのタンゴショーが大成功し、北米やヨーロッパでダンスとしてのアルゼンチンタンゴへの興味が高まったと同時に、アルゼンチン国内のタンゴシーン、ダンス業界も大きく動き出し、観るタンゴと踊るタンゴの二極化が進んだ、と考えているからです(もう少し詳しくはこちら)。なので、以下もざっくり観るタンゴと踊るタンゴの分類にそって話を勧めたいと思います。
ファンタジア
ファンタジア(fantasia)は、タンゲリアなどで演じられてきた見せるためのダンススタイルを指します。基本のアルゼンチンタンゴのステップに加え、大きなキック、リフト、ジャンプなどの大技と決めポーズが入り、ダンサーたちの圧倒的な存在感ときらびやかな衣装があいまって、ポスターで見るようなアルゼンチンタンゴの世界を作り出します。デモンストレーションなどでは即興で踊られることもありますが、ショーではきちんと演出と振付がなされているのが普通です。
アルゼンチンタンゴのダンス競技会の一部門、ステージ・タンゴ部門(tango enscenario)で踊られるのもファンタジアです。競技会では、曲は3分以内、ダンサーの両足が床から離れるジャンプ・リフトなどの技は3つ以内、オープニングとエンディングでポーズまたは振り付けのされた(ストーリー性のある)動きを入れないといけないなど、競技会ごとにいろいろな規定があります。(ステージ部門の参考ビデオはこちら)
ちなみに、競技会のステージ部門とピスタ部門(tango de pista、つまりダンスフロアで踊られるタンゴ)という部門分けができたのは比較的最近です、というか、競技会自体が個性を重んじるタンゴになじまない、とタンゲーロスの間にはタンゴの競技化に対する強い抵抗感があった(今もある)のですが、
アルゼンチン以外の国で競技会が盛んになってきたのに、本家が何もせずにいるわけにはいかない。
「xxチャンピオン」などの称号は、特に若いダンサーのキャリアにプラスになる。
社交ダンスのような競技会を頂点としたビジネスモデルが可能になり、習う人を長くつなぎとめておけるなど、ダンス産業にいろいろ利点がある。
競技会は(上手くいけば)お金が儲かる。観光資源にもなる。
などの理由から、アルゼンチンでも競技化への動きが2000年代に加速し、でも一言居士の多いタンゴ界のこと、すったもんだの挙句、ようやく今の形になったのだそうです。
サロン・タンゴ
サロン・タンゴは、広義にはミロンガで踊って楽しむためのタンゴのことを指します。歴史的には、上流階級がサロンで踊ったスタイル(tango de salon)という意味で、下町で踊られたオリジェーロ(tango orillero)の反対語でしたが、今はこの区別はありません。(昔は、いくつかのステップは下品な下町風という事でサロンでは厳禁、とかもあったようですが、今はありません。)
サロン・タンゴは、ステージ・タンゴのような外に向かうエネルギーに満ちたダンスではなく、エレガントに歩くこと、パートナーとのコネクションに重きをおいたダンスと言えましょうか。特別な身体能力がなくてもこなせるステップが主で、それらシンプルなステップを即興的に組み合わせ、アドルノを加えたりして、自分の表現として自在に操るところに妙味があります。社交として踊られてきたアルゼンチンタンゴの中核スタイルであり、タンゴを始める人がまず習うのもこのスタイル、また、ミロンガのデモなどで披露されるダンスもこのスタイルのことが多いです。
タンゴ(4/4拍子)、タンゴミロンガ(2/4拍子)、タンゴワルツ(3/4拍子)が主要なサブジャンルです。音楽編で述べたように、アフリカ系音楽のリズム構造を受け継いで一曲の中に複数のリズムラインがあるので、いつどれを選んで踊るのかはダンサーの腕の見せ所のひとつです。ステップには、足を交差したりふれ合わせたり、下肢を効果的に使ったものがたくさんあります(クリーンなフットワークの見られる棚田晃吉&典子ペアの参考ビデオはこちら)。
また、サロン・タンゴは社交として踊られるので、どう見えるかという事の前に、一緒に踊っているパートナーが楽しんでいるか、人の迷惑になるようなことをしていないか(他のペアにぶつかるような動きをしない、など)も重要で、サロンでのダンスの評価に直結します。
一方、「サロン部門」は競技会のピスタ部門(tango de pista)のことをさします。スペイン語でダンスフロアという意味の「ピスタ」より「サロン」の方がわかりやすいためこのように呼ばれるようです。ピスタ部門では、ステージ部門と逆にジャンプやリフトなど、ミロンガで使われないステップは禁止ですが、そのような制約があっても見ごたえは十分で、思わず Eso!と掛け声が出るようなダンスが観られるのもピスタ部門です。(ピスタ部門の参考ビデオはこちら)
競技として多くの参加者を集める「サロン部門」ですが、ここで踊られるのはサロン・タンゴにもとづいた見せるためのタンゴだ、という事に注意が必要です。なので、動きも感情表現も実際にミロンガで踊られるより大きく誇張されています。
ミロンゲーロ・スタイルとは
1980年代以降アルゼンチンタンゴの踊り方の均質化が進む前の、踊り手個人の個性が強く反映された踊り方の総称です。ミロンガに通い詰めた人の踊り方、という事でこの名前がついているのですが、個人差が大きく、また踊り方の記録もごく限られたものしかないので、完成した一つのダンススタイルと呼べるような実体はありません。(関連記事はこちら)
一方、現在のサロンタンゴには「ミロンゲーロ風」のステップがいくつもあります。共通点はアブラソを閉めてペアの上体が合わさった状態でおこなうので、フォロワーは主に腰から下の動きでステップをこなすことになることです。例えば、オチョでは両足がクロス気味になります。このようなステップの仕方がミロンゲーロ風オチョ、ヒーロだったらミロンゲーロ風ヒーロなどと呼ばれています。アブラソが閉まっていてもフォロワーが楽にかつ綺麗に踊れるように、リーダーはホールドを微妙に調整したり、体のひねりを大きくしたりしてステップがうまく通るようにする必要があります。(なので、腕でフォロワーをがちがちに抱え込んで踊ったらミロンゲーロ・スタイル、というのはたぶん何かの誤解です。)伝説のミロンゲーロたちは、そういう見えない点もばっちりマスターして、込み合ったダンスフロアを、目当ての女のコを抱き寄せて(かつ彼女に嫌がられず)スイスイ踊り抜けて皆の賞賛を浴び、その粋が、今も多くのリーダーを「ミロンゲーロみたいにリードしてみたい!」とあこがれさせ、ミロンゲーロ風ステップとして現れるわけです。
タンゴ・ヌエボとは
音楽におけるタンゴ・ヌエボとはピアソラらによるジャズ、クラッシックのエレメントを取り入れた1960、70年代の「新しいタンゴ」のことを指します。一方、ダンスにおけるタンゴ・ヌエボは1990年代以降にサロン・タンゴの一つのスタイルとして発展しました。意外かもしれませんがダンスのヌエボには音楽のヌエボからの影響は少なく、古い時代のタンゴ音楽でも踊られます。(なので、ピアソラの音楽で踊ったらタンゴ・ヌエボ、というわけではありません。)影響ではないですが、フュージョンの気風というか、グローバル化の機運という点で、同じ1990年代以降の音楽であるTango electro などとダンスのヌエボは共通点があるように思います。
さて、新しい踊り方、何が新しいのかというと、ダンサーの体の位置関係を系統だてて分析し、1980年以前は使われていなかったポジションを積極的にダンスフレーズの中に組み込んだ、という点が新しかったと言えると思います。また、様々なポジションに素早く滑らかに移れるよう、パートナーは各自のバランスをニュートラルに保つのを基本にします。少し専門的になりますが、1980年以前、パートナーは carpa(テント)といって、お互いがA字型に重心を内側に寄せて踊るのが主流でした 。でもH字型のニュートラルなバランスを基本にすることで、V字型に外側にバランスする colgada も効果的に使えるようになりました。例えば、A→H→V→H→A のように外に開いて戻ってくる長いダンスフレーズを構築するなどです。また、Hの時はパートナーの重心を気にせず動けるので、リーダーもしくはフォロワーが大きく動いて、意表を突くポジションからフレーズを再開したり、アブラソをといて個別に動いてみたり、見せ場も従来と変わったものがいろいろ作れるようになりました。
このスタイルが出てきた当初、コンパクトな A→H→A が主なサロンスタイルのタンゲーロ達のなかには「古いパンツのゴム(みたいに伸びてだらしない)」「タンゴじゃない」といった酷評もありましたが、今は、一つのスタイルとしても、ダンスの理論化の一方法としても、定着した感があります。(タンゴ・ヌエボ運動の頭脳、グスタボ・ナヴェイラとパートナーで同志のジゼル=アンのデモのビデオはこちら)
ドコデモタンゴ?
さて二十一世紀の現在、アルゼンチンタンゴは、サルサなどと同じく世界中で踊られています。面白いのは、十九世紀と違って情報の伝達が早く、またダンスの理論化が進んで不合理な思い込みが少なくなったことなどから、どこでも似たようなスタイルが踊られているということです。世界中どこでも同じように踊れるのはいいことではあるのですが、このまま均質化していったら、タンゴの持ち味であった個性はどうなるんだろう...…と考えないわけではありません。
ショー・タンゴでは振付けもどんどん進化していて、それに対応できるテクニックを持ったダンサーが必要になり、例えば、ファンタジアをスタジオで習ったバレエやアクロバッティクス出身者が、ミロンガで踊ることがほとんどないままキャストに入る、という事も珍しくなくなってきていています。基礎身体能力も舞踏技術も高い彼らはファンタジアもそれは華麗にこなすので、悪いことではないのですが、いかんせんミロンガやバリオといったアルゼンチンタンゴの母体との距離が遠くなってしまい、観るタンゴと踊るタンゴの二極化がますます進むかもしれません。また、国外での定着と裏腹にプロダンサーやミュージシャンの国外流出が続くアルゼンチンが、空洞化せず今後も意味のある役割を果たせるのか、なども少し気になるところです。
以上、簡単に現在進行形のアルゼンチンタンゴをその背景も含めてご紹介しました。もちろん、こんな事知らなくてもタンゴは楽しめますが…… え、今夜ミロンガで友達にも教えてあげようって? 😅お役に立てばなによりです。
©2024 Rico Unno
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