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人生で最高の映画鑑賞が飛行機の機内だった話

2ヶ月あまりに渡る長旅を終えなければいけない日が近づいて、オープンチケットの帰国便を予約しようとした。
2ヶ月、アメリカを旅したとは言え、まだまだ電話でチケットの交渉を流暢にできる自信がなく、航空会社のカウンターに出向く。
手元にもっている時刻表に印をつけて、明後日のこの便のチケットが欲しいと言ってみた。

カウンターのおばちゃんの答えは、まさかの欠航。

当時、世界は湾岸戦争の真っ只中。
アメリカの飛行機はハイジャックされるとか、撃墜されるとかいろんな噂があって、世界的に不人気だった。
だから、チケット代は破格に値下げされ、1円でもケチケチしないといけない貧乏バックパッカーの間では大人気だったから、私も躊躇なくアメリカの航空会社のチケットを使っていた。

だけど、それでも世間的には不人気で、席が埋まらないから、欠航や減便、機材変更で、予約のトラブルは絶えなかった。
でも、安いのだ。安さは正義なのだ。

アメリカを旅してわかった事のひとつは、アメリカはゴネ得文化の国という事。
ゴネたら、道が開ける。
実際、何度もこじ開けてきた。
アメリカ人にとって、ゴネるのもゴネられるのも娯楽なのだ。

で、カウンターでゴネてみる。
どうしても、明後日の午前中に飛ぶ便じゃないと困る。
そうじゃないと、せっかく決まった仕事がダメになるかもしれない。人生の一大事なんだ!とかなんとか捲し立ててみる。

実際、日本に戻った翌日から、就職する事になっていた。
当初は、時差ぼけ解消のため、数日前に帰国するつもりでいたのに、観たいところがありすぎて、帰国をギリギリまで伸ばしたのだ。
機内でしっかり寝て、時差ぼけを調整できたらなんとかなる、はず!と。
だからもうこれ以上伸ばせない。
それに、明日の夜のミュージカルのチケットも取れている。早める事もできない。
明後日の朝、しかない。

当時のお金で、往復6万円ほどのチケット。
色々制約があって、予約が簡単にいかないのはわかっている。
でも、まあ、娯楽だから、ゴネてみる。

で、おばちゃんが面倒臭そうに、コンピュータの画面とにらめっこしながら、あったわ、と。

なんか、ごちゃごちゃ言ってるけど、よくわからない。てか、おばちゃんの言ってる時間が、時刻表にない。朝、異様に早い飛行機。ゴネたから嫌がらせか?でも、追加料金を払わず帰れるなら何でもいい。しかも、直行便だと言う。申し分ないよ。うん。

乗る便を間違えてしまった。。。?

空港で便名をよくよくみたら、その飛行機は臨時便だった。
あぁ、だから、時刻表になかったのか。
なんて思いながら飛行機に乗り込んだら、なんか雰囲気が、あれ?なんか違う。

なんと、乗客の8割以上が、東南アジアの人たちだ。

え?これ、成田便だよね?

そもそも、湾岸戦争の関係で、セキュリティチェックが半端なく、機内にたどり着くまでに何度もチケットを確認されているし、間違えてるはずはない。けど、どう見ても日本に飛ぶ便に思えない。
念のため、隣の席のおじさんに確認してみる。

これ、成田行くよね?

おじさんはキョトンとして。

僕はマニラに帰るんだけど。
でも、たぶんどっかで給油すると思うよ。日本かもね。

おじさんの話によると、アメリカからフィリピンまでの飛行機は、戦争の関係で非常に少なく、アメリカに足止め状態だったところ、久々に臨時便が飛ぶ事になり、ようやく帰れる!イェーイ!という事らしい。
なるほど、つまり、この飛行機の乗客は、ほとんどがフィリピン人だったのだ。

映画タイムになり。。

1度目の食事が終わり、映画タイムになった。
当時の飛行機は、機内に設置された大きなスクリーンで、皆で同時に同じ映画を見るスタイル。音声は備え付けのイヤフォンで聞く。
なにが上映されるかは、飛行機会社が決める。人懐っこくて、おしゃべり好きの隣のおじさんが、新作映画だよ!コメディらしいよ!と、ウキウキしている。

格安の飛行機で新作がかかるとは思わないけど、フィリピンではまだ公開されてない映画なのかもしれない。
というか、私は寝るんだから、なにがかかろうと関係ない。

映画が始まるというのに、寝る体制になろうとする私に、おじさんがイヤフォンしないの?もう始まるよ、と起こしてくれる。
そりゃそうだ、アメリカ時間ではまだ午前中。眠い人なんていないと思うよね。

仕方ないので、音声を出さないようにして、イヤフォンをつける。
そして、寝る作戦。
さあ、寝るぞ!ここで寝ないと明日死ぬ。

この旅最大のカルチャーショック到来

映画が始まるにあたり、機内の照明が落ちた。
寝たい人が寝られるように機内を暗くする。
で、寝たくない人が静かに時間を過ごせるよう映画をかけるのだ。

この認識は正しいと思う。

いや、思っていた。

あの飛行機に乗るまでは。

機内の照明が落ちたら、まさかの大歓声が起こる。
映画のタイトルが表示されたら、さらに歓声が大きくなる。
ピーピー指笛を吹く人もいる。

ちょ、な、なに?この人たち?!?!

隣のおじさんもご機嫌で、大騒ぎしている。

ここはコンサート会場ですか?

フィリピン人の映画鑑賞スタイル、斬新すぎる。
みんな、やんややんやの大騒ぎしながら観るのだ。
笑うときは大爆笑、ラブなシーンではヒューヒューと冷やかす。
悲しいシーンでは、大きなため息をついたり、豪快に泣いたり。

フィリピンの映画館でもそうなのかは知らないけれど、飛行機では、すくなくともあの飛行機ではそうだった。

しばらくすると、途中で、映画が中断され、機内アナウンスが入った。
さすがにうるさいと叱られるのか?と思ったら、なんか様子がちがう。
突然の中断でブーイングの嵐の上、音質が悪くてなにを言ってるのかわからないけど、なにかを観客に問いかけて、観客はイェーイと盛り上がっている。

え?なになに??

次の瞬間、みんなおもむろにイヤフォンを外しはじめた。
隣のおじさんが、私が聞き取れていない事を察して、イヤフォンを取れ、とジェスチャーで教えてくれる。

なんと、機内に音声を流して上演が再開されたのだ。
この状態では誰も寝られないし、イヤフォンしてる意味がない。
文字通り「空飛ぶ映画館」になっちゃったよ。

その映画は。。。

もはや、私も寝るのをあきらめて、フィリピン式映画の楽しみ方に乗ってみることにした。なかばヤケクソだけど、郷に入れば郷に従えだ。

イヤフォンを外して見始めたら、隣のおじさんがいちいち話しかけてくる。
いや、みんな話しながら観てる。

ドリフを観ていた昭和を思い出す。
「志村ー、うしろー」みたいな。
いや、アメリカのシットコムか。ライブでシットコムを観てるみたいな。

黒人のコミカルな霊媒師が出てくるそのコメディは、日本ではすでに公開された作品で、私は観てなかった。日本語字幕も吹き替えもなしでは、細かいところはよくわからない。だけど、ラブストーリーやサスペンスっぽい要素もありつつの、でもやっぱり、隣のおじさんの言う通り最高のコメディだった。

映画が終わって、2度目の食事のあと、もう一度映画タイムがやってきた。
映画が始まる前に、また機内アナウンスがあった。あいかわらず音質が悪くて聞き取れない。観客はイェーイ!と機内が盛り上がる。

どんだけ、みんな映画楽しみなの?

私は寝るのは完全に断念し、楽しんで観るために臨戦体勢で待った。
イヤフォンをするべきか迷ったけど、案の定だれもしていない。

果たして、まさかの、同じ映画が始まった。

え??えぇ????

どうやら、乗客からのリクエストが多かったようだ。さっきのアナウンスは、それを伝えていたのか。。。

流石に2度目はだいぶ聴き取れた。
細かいところも理解が深まる。

わりといい話じゃない。
でも最高のコメディだよね!

と、隣のおじさんと、腹筋が崩壊するほど、笑い転げながら観た。

この、私史上、最高の映画鑑賞体験をさせてくれた作品は、「ゴースト/ニューヨークの幻」。

日本では、ラブストーリーの金字塔なのだと思いますが、私の中では、思い出のコメディ映画です。
多分、フィリピンの人たちにとっても。。。(笑

今、東京ではミュージカル版が上演中です。
その素敵なレビューを大好きなはるまふじさんが書いて下さっています。
ぜひこちらもどうぞ。

おまけ
帰国の翌日、入社式で爆睡したのは今でも語り草です。

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