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ライバルに勝つために必死だった中学時代、無味乾燥な暗記は少年期の特権

 歴史や化学は無味乾燥な暗記ばかりで退屈だったが、最近はもっともっと頑張るべきだったなあと後悔している。無味乾燥な暗記は意味のないようで意味しかない。それは勉強ではなく勉強の準備、アンテナの建設なのである。

 私は西洋美術を不定期的に勉強している。学部1年生のときに一般教養の講義「美術」を履修し、担当教授の分かり易い入門を習ったのをきっかけに、西洋画にプチハマり、いくつかの本を買って、だらだらではあるがパラパラと読み進めている。特に高階秀爾先生の『名画を見る眼』が面白い。絵のチョイスといい、解説の丁度よさといい、さすが名著だなあと思う(何様)。

 
しかし私の西洋美術への関心は大学の講義以前の中学生の頃に吸収した無味乾燥な暗記に由来していると思うのだ。思い出話もかねて聞いてほしい!

 私が中学三年生のとき美術担当として赴任してきた秋田先生は私たちにとっては少しイケズに思える先生だった。二年生までの美術の授業は自由時間に近く、机を仲の良いクラスメイトとくっつけておしゃべりをしながら作業を進めているという有り様だった。山の絵を描ききるのに5時間分かけた友達がいたが、それだけ集中しなくとも咎められるということがなかったのだ。しかし秋田先生は私語厳禁、絵を描くのに集中することを決まりとした。授業としては当然なのだが、二年間好き放題やっていた人にとってはどうしても面倒臭い人にうつった。そして確かに面倒臭い性格の先生でもあった。冷たいし、細かいし、こわくはないが厳しいし。中学生には厄介だった。

 そんなイケズな秋田先生は2学期末テストで特殊なことを要求した。それは美術の教科書に掲載してある西洋画のべ20作品ほどのタイトル、作者名、作成年をすべて憶えてこいということだった。当時の私は国数英理社のみ出来れば良いと思っていた人間として出来の悪いコスパ厨だったから、そのテスト範囲を見るなり馬鹿馬鹿しいと思って無視したが、塾に行ったら私を脅かす女ライバルがその友達と仲良く「西洋画のタイトルを言うからその作者名、作成年を当てるゲーム」をやっているのを見かけ、さらに結構ちゃんと憶えているらしい事実を私に突きつけながら、その友達から「いっちーもやったほうがいいよ」との念押しの助言を貰ったので「これはやらねば」とついメラメラと燃えてしまったのだった。

 帰宅後、早速取り掛かった。西洋画の主題やそこにある図像や寓意などは知らない。美味しくもなんともない無味乾燥な暗記だった。幸い私の記憶を司る海馬が競馬場の競走馬のごとく従順に駆け足した。燃える私の集中力で私の脳内にタイトル、作者名、作成年が短時間でどしどし入っていった。あの時に分泌されたアドレナリンは計り知れない。ただ私は打倒ライバル、圧倒的な勝ちに拘ったのだった!

 結果はそのライバルに20点以上の差をつけたうえで学年1位だった。平均点は34点で私は92点だった。暗記したところは勿論、ほかの論述をも得点した。

 これは単なる自慢にすぎないが、私が言いたいのはこの経験が今の興味を支えているということだ。確かに無味乾燥だった。そういう授業を「ただ憶えるだけで意味がない」と揶揄する人がいるがそれは違う。一生懸命憶えたから例えばクイズ番組で西洋画を問われているのを見たときについアンテナが反応してしまうし、その問題に答えられれば嬉しいし、答えられなければ「まだまだ多くの絵画を取りこぼしているのか」と知ることができる。そして「あの時訳も分からず憶えたあれはこういう意味だったのか!」と後に伏線回収の喜びに巡り会うことだってある。無味乾燥な暗記は入門には最適解なのだ。とても意味がないとは思えない。

 旧く漢文の素読教育があったそうだが、外山滋比古も湯川秀樹もあの無味乾燥で苦痛な教育を回想するときはいつも前向きにとらえていた(出典は忘れてしまった)。理屈や目的を明らかにしないでえいやっと押し通しても後から意味がついてくるものだ。

 しかしこういうのは先生や大人に逆らえない少年期に積むべきだ。私は大人からの言われではなくライバルを倒す為だったが、それでもいい。いずれにせよ大人になったらどうしても理屈が先行してやれない。やっぱり学校は尊い。最近、先生の算数のテストの採点ミスまで取沙汰されて評判が悪いが、もっと学校を愛せる環境がこの国にほしいとつくづく思う。義務教育、最高。

おわり

 

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