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70 チームワークと信頼の大切さ:『走れ良司くん』から学ぶこと 

テレビ番組や映画などを教材として授業で使用することがありました。NHKで放映された『走れ良司くん』という番組もそのひとつです。番組は全盲の良司くんが友達の助けを借りながら小学校最後の運動会で全力で走る様子を追ったドキュメンタリーです。いつ見ても感動を覚える番組です。

番組には良司くんとクラスメート、先生や両親が登場します。お母さんは良司くんのために毎日学校に通い、別室で教材を点字にしています。手作りの教材も作っています、大変さは言うまでもありませんが、お母さんは決して手を抜くことをしません。良司くんが手で触れてわかるよう様々な工夫を凝らし、美しい彩色も施しています。目が見えないからといって色を付けないのではなく、視覚のある人と同じ体験をさせたいというお母さんの願いがそこにあります。私には番組から学ぶことがたくさんありました。

良司くんの友達には夢がありました。それは小学校最後の運動会で良司くんがみんなといっしょに全力で走ることです。もちろんはそれは良司くんの夢でもあります。友だちと良司くんはあれこれ作戦をたてます。そして考えたのが、親友が声をかけながら少し前を走り、良司くんがそれに続くという方法です。友だちの声は聞き慣れていますから運動会の騒がしさの中でも良司くんには聞こえます。そして何度も練習を重ねます。そして運動会当日はみんなと同じ距離を走り抜きます。その場面は圧巻でした。「良司!良司!」と声をかけ続ける友達と、その声に導かれて全力で走る良司くん。私には良司くんが全盲であるように見えませんでした。絶対的な信頼関係がそこにはありました。チームワークの素晴らしさも感じました。障がいの有無を超えた人間関係の在り方についても考えることができました。さらに「バリアフリーの社会」についても考えさせてくれました。

私は番組を通して得た学びや感動を生徒と共有したいと思い、ある年の体育祭前に道徳の時間を使ってビデオを視聴してもらいました。クラスに障害のある生徒がいたわけではありません。全盲の生徒もいません。でも、体育祭の練習をする生徒たちを見ていて番組はすごくいい教材になると思ったのです。

勤務する学校の体育祭には「ムカデ競争」という種目がありました。男女別で全員が足をロープに結びつけムカデのようになって走る競技です。転んだ時にけがをする割合が高く、いささか危険な競技でもありましたが、当時は多くの学校で行われていました。足を合わせるのがいちばん難しく練習が必要です。だから生徒たちは毎日練習しました。体格も体力も運動能力もそれぞれに異なる生徒たち。そんな生徒たちが一緒になって走ります。みんなと同じように走れない生徒もいます。足を合わせられない生徒もいます。練習は転んでばかりでした。

そんな中で『走れ良司くん』を生徒たちに見てもらいました。障がい者の問題、友情、チームワークなど番組はいろいろな観点から視聴できます。何を学ぶか、何を感じ取るかは個々の生徒にゆだねたいと思い私は教訓めいたことはあえて言いませんでした。でもいちばん感じ取ってほしかったのはチームワークの大切さです。ムカデ競争では足の合わない人をつい責めたくなります。でも全員の心がひとつにならないとうまく走れません。チームワークが何より大切です。励まし合い、かばい合い、時には厳しい言葉を掛け合いながら練習して団結が強まっていきます。私は番組からそれを感じ取ってほしかったのです。生徒たちの中に私は良司くんとその友達の姿を見ていたような気がします。

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後日行われた体育祭のムカデ競争(男子)の様子です。担任の私は伴走者として生徒の横を走りました。

スタート前の男子たち。いちばん後ろのシゲくんをみんなが励ましています。「シゲ、がんばれ!」「しっかりついて来いよ」「大丈夫だからな」シゲくんは運動が大の苦手。体力もあまりありません。練習のときは転んでばかリでした。みんなで作戦を考えてシゲくんは最後尾につき、みんなのあとを続いていくことになりました。みんなの目標は「転ばずにグランドを一周すること」です。

「パーン!」ピストルの合図で4つのムカデがスタートしました。横一直線に並んでいます。「イッチ、二、そーれ!イッチ、二、そーれ!」なかなかいい調子です。そのうちに他のクラスはどんどん先を行き、私のクラスは最下位になりました。でもみんな一生懸命進みます。

第1コーナーを過ぎたあたりでだれかが「中に入れ~!」と言いました、先頭のカズくんがインコースに向かいます。みんなもカズくんに続きます。インコースを行く生徒たち。他のクラスはずっと先にいます。でもみんな一生懸命進みます。シゲくんもしっかり足を合わせています。声も出しています。第3コーナーのあたりで学年主任のコンタニ先生が「がんばれ!」と声をかけてくれました。トップのクラスはすでにゴールしています。

第4コーナーを回りました。ゴールまで一直線になりました。残っているのは私のクラスだけです。やがてゴールイン。「やった~!」思わず叫んだ私。「シゲ、頑張ったな」みんなに声をかけられてシゲくんは嬉しそうです。最下位でしたが、目標通り一度も転ばずにゴールできました。

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番組に登場した星加良司さんはその後は一般の中学、高校に進んだあと東京大学に入学しました。私が生徒たちにビデオを見てもらったまさにその年です。全盲の学生としては初めてだったそうです。現在は東京大学の教授となっています。

https://www.nhk.or.jp/archives/teachers-l/list/id2021015/


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