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狐に抓まれそうになった話し

  これは、狐こと私が体験した話しだ。
その日、高校生なった私は東北にいる叔父の家に遊びに来ていた。
親族の間では変わり者である叔父は、無愛想で人付き合いも悪い。
そのせいか四十になっても未だ独身である。
まあ本人がそれを望んでいるのなら、口出し無用と言うところなのだろう。
だがそんな叔父が、私は嫌いではなかった。
雪国で農業を営む叔父は、たまに連絡を寄越して来ては私達姉妹に。

「美味いもん食わしてやるからいつでも遊びに来い」

そう言ってくれるのだった。

「叔父さん、ちょっと山の方に遊びに行っていい?」

「ああ……いいけど遅くはなるなよ。それに雪も積もってるから余り無茶するな、お前らに何かあったら兄貴に顔向けできねえからな」

「うん分かった」

「ああそれと、狐に抓まれんようにな?」

「狐に?」

「そうだ。この辺の狐は頭が良い、油断すると偉い目にあうぞ……」

「う、うん……」

私は返事を返し、妹を連れて外へと出た。
一面の銀世界。
普段雪に触れられる環境にない私達は雪の中を走り回った。
雪だるまを作ったりかまくらを作ろうとして断念したりとはしゃぎ回っていると。

「ねえお姉ちゃん!」

「何?」

「狐探しに行かない?」

「狐に!?行く!」

実は私は狐に目がなかった。
ご存知の通りTwitterのネームも狐の嫁入りだ。
妖怪からリアルの狐まで、私は兎に角狐が好きだった。
叔父の家に遊びに来たのも、実は狐に会えるかもしれないという願望もあったくらいだ。
この近くには狐がよく出るため、私が狐好きなのを知ってか、たまに叔父が写真を撮って送ってくれる事もあった。
しかし先程叔父が言った事は何だったのだろう。
狐に抓まれるとは?

「ねえ」

「何お姉ちゃん?」

「狐って化かしたりするのかな?」

「何それ、ああでもよく言うよね、狐に化かされるって」

「うん。叔父さん何で狐に抓まれるとか言ったのかなって思って」

「さあ……あ!お姉ちゃんあそこ!」

すると、話していた妹が慌てて指をさして言ってきた。
妹が指さす方に目を向けると、そこには少し赤みがかった黄褐色の大きな狐が一匹、こちらを物珍しげに見ていた。

「狐だ!?」

「行こうお姉ちゃん!」

私は大きく頷くと、妹と共に狐の側に駆け寄った。
然し狐は私達と距離をとる様に移動し、一定の距離を保つ様にして移動していく。

狐は人一倍警戒心が強いと聞いた事がある。
私は何とか近づけないものかと、忍び足で近づいたりなどあの手この手を駆使して近寄ろうと試みた。
しかし一向に距離は縮まない。
そうこうしていると、私達はいつの間にか眺めのいい谷合の場所まで来てしまっていた。
すると、狐は崖付近にある立ち木の下に佇むと、急にそこから動かなくなった。

「今なら側に寄れるかも……」

妹の言葉に頷き返し、私はゆっくりと雪を掻き分けながら近づいた。
狐はなぜかその場からピクリとも動こうとしない。
狐との距離は約五メートルほど、触るのは危険だとしても、せめて可能な限り近くで見てみたい。

あと少し。
立ち木のある場所からは何処までも広い雪景色が見て取れる。

「綺麗……お前は私達にこれを見せたかったの?」

私は小さく言って微笑むと、狐に首を傾げる素振りを見せた。
狐は何も反応を示さず、細い目でじっと私を見つめていた。
更に近付き、もう一足踏み込もうと足を伸ばしたその時だった。

「お姉ちゃん!!」

「えっ?」

一瞬だった。
目の前にいた狐が突如跳ねるようにその場から移動した瞬間、目の前にあったはずの足場がドサりと大きな音を立て崩れ去ったのだ。
私は背中を妹に捕まれその場に尻餅を着き、両足を崖下にぶら下げるように投げ出した。

ぞくりと鳥肌が立った。
勿論寒さからではない。
もしあと一歩踏み込んでいれば、間違いなく崖下に落ちていた。
雪庇だ、昔叔父から聞いた事がある。
吹き付ける吹雪が固まり、迫り出すように雪が積もる現象。
見た目こそ地面に雪が積もっている様に見えて、実は地面などなく、そこには雪の塊があるだけ。
振り返ると、青ざめた顔の妹が、歯をガチガチと鳴らし震えていた。
その背後に、先程の狐がじっと佇む様にしてこちらを見ていた。

余りの事にショックを受けた私達は、直ぐにその場を後にし叔父の家へと戻った。
そしてまくし立てるように叔父に先程の事を話して聞かせると、叔父は深いため息をつきながら、私達に淹れたてのトウキビ茶を手渡した。

「言わんこっちゃない……この辺りの狐はそこらの狐より賢いんだ、気を付けろと言ったろ?」

「だ、だけど……あんな……」

寒さによるものかショックによるものか、おそらく両方なのだろう、私はそれ以上上手く話せなかった。

「この辺の狐は人間の味を知っちまってるらしいからな……もしかしたらそのせいで賢くなったのかもしれん」

叔父はそう言って苦笑いを浮かべた。

人の味?叔父が何を言っているのか暫く理解できなかったが、やがてハッとなった私は口を開いた。

「狐が人を襲うの!?」

「いや、襲ったりはせんよ、奴らは臆病な生き物だ。ただ……」

「ただ?」

「以前にもこの近くで凍死体が見つかってな、酷く食い荒らされていたらしいんだ……特に頭部がな……」

「やめてよ叔父ちゃん気持ち悪い……」

妹が顔をしかめて言った。

「すまんすまん、でもな、狐が賢いのは本当だぞ。奴ら川で溺れた振りをして獲物を捕えたりするからな、何らかの方法で更に知恵をつけたのなら、お前らが酷い目にあったのも頷ける事だ……」

「狐に摘まれるなって言うのは?」

恐る恐る私は叔父に尋ねた。

「文字通りさ、お前らを雪庇に誘い込んで崖下に突き落とし、後は谷を下って死肉を抓む……だから注意したろ……?」

「抓まれる……化かすとは違ったんだね……」

叔父のその言葉に、私はただただ愕然とするしかなかった。

以上が私が東北の叔父の家に行った時に体験した話だ。
何らかの方法で新たな知恵を付けた狐……そんなものが本当に存在するのか……また、その方法は……?
馬鹿げているとは思いつつ考えるのもおぞましいが、あの体験は本当にリアルで恐ろしかった。
が、それでも未だ私の狐愛に変わりはない。
ただし、二度と狐の側に近寄ろうとは、到底思わないが……。



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