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古本屋

 定年を迎えた島田さんの趣味は、古本屋巡りだった。
それも大手チェーン店では無い、街角にあるような庶民的な古本屋。
そういったところほどお宝が眠っていると、島田さんはその日も商店街等をブラ付き店を探し歩いていた。
やがて、八百屋が立ち並ぶ小さな古本屋を見つけた島田さんは、その店に入る事にした。

店に入ると本棚が所狭しと並べられていて、まだ整頓されていないであろう本が、あちこちに乱雑に積み重なる様に置かれていた。
お世辞にも綺麗な店とは言い難いが、昔ながらの古本屋という点に置いては、島田さんの童心をくすぐるものがあった。
カウターレジ側を見ると、眼鏡を掛けた年配の店主と思われる人物がいたため、軽く頭を下げ店の奥へと進む。
早速本棚に目を向けたが、ジャンル分けもあまりされていないようでどうにも見ずらい。
これは根気がいるなと、島田さんは端の方からじっくりと見て行くことにした。
すると、店の奥からのれんをかき分け年配の女性が現れた。
狭い通路のため島田さんは反射的に背中を反らす。
女性が狭苦しそうに背後を通り過ぎていく。
こりゃ骨が折れそうだ。
島田さんがそう思った時だ。

「うちは狭いんだからさっさと買うもん買って欲しいね……」

通り過ぎていった女性がブツブツと独り言の様に言った。

なんだあの失礼な店員は……。
おそらく店主の奥さんなのだろうが、それにしても客に対する礼儀がなっていない。
腹を立てた島田さんは帰ろうかとも思ったが、このまま何も買わずに帰るのも癪に触るため、何か一冊でもと思い、再び本棚に目をやった。
それにしてもやはり見ずらい。
何とか本棚を折り返し、反対の本棚に目をやる。
するとまたあの女性が島田さんに近付き、不機嫌そうに口を開いた。

「冷やかしなら出て行っておくれ……」

女性は空いた隙間に本を入れながら島田さんを睨み付けてきた。
これには流石の島田さんも頭にきてしまい、ドアを乱暴に開け店を出て行ってしまった。

それから暫く経ったある日のこと、島田さんは飲み友達に誘われ、友人とあの商店街の近くにある居酒屋に向かっていた。
すると、あの件の古本屋が目に入り、島田さんは居てもたってもいられずあの時の愚痴を友人に話して聞かせた。

だが、その話を聞いて友人は首を傾げて見せた。

「奥さん?確かあの店は店主だけのはずだぞ?女房の方はもう何年も前に亡くなってるはずだ。前に儲からねえのによく続けられるなって聞いたら、辞めるに辞められねえ事情がこっちにもあるってボヤいてたが……」

「そ、それ本当か!?」

聞き返す島田さんに友人は頷き返す。

島田さんは慌てて友人にちょっと待ってて欲しいとお願いすると、一人あの古本屋へと向かった。
扉を開け、不機嫌そうな店主を見つけると、近くに寄って口を開く。

「こ、この前この店にき、来たんですが……あ、あの女性は?奥さんがいましたよね?」

「ああ……あの時の……ほら」

そう言って店主は、店の奥に向かって顎をしゃくって見せた。

釣られるようにして店の奥へと島田さんが視線を移す。

やけに暗い。
日も沈みきっていないし店内の明かりもある。
なのに何故か店の奥だけが異様に暗かった。
目を細め暗闇をじっと見つめる。
その瞬間のれんが捲れ、その隙間からあの皺枯れた女性が、島田さんを忌々しそうに睨み付けていた。

「あんたうちのカミさんに嫌われてるみたいだから、もう来ない方がいいよ……うちはカミさんのために店やってる様なもんだから……」

島田さんは店主に耳元でそう言われ、飛び出す様に店から出て行ってしまった。

以上が島田さんが体験した話だ。
最近では古本屋を見るとあの事を思い出すため、今はメルカリで古本を物色していると、島田さんは愚痴を零しているという。

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