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猫眠る

草いきれのする暑い日だった。
親父が庭で汗だくになって穴を掘っている。
「猫ちゃん眠ったみたいだわ」
半ば独り言のように呟いていた。

小さい頃、親父が事務所に捨てられていたりする動物を頻繁に家に持って帰ってきた。
最初に拾ってきたのは雑種の犬だった。毛がフワフワしていてシルエットが丸かったので、コロと名付けられた。
まだ弟が生まれていなかったので、コロは僕の兄弟代わりだった。毎日のように目の前の神社に連れ遊んだ。
その時僕が喜んだのに味をしめて、親父は蜥蜴だの蛇だの手当たり次第に持って帰ってくるようになった。
小学校三年生の時、事務所の屋根裏に巣付いた雀の雛を二羽持って帰ってきた事があった。巣立ち前くらいの雛だったので、全く懐かなかったが、可愛らしかったので僕が面倒を見て可愛がっていた。

その日も学校から帰ったらすぐに雀を見に行ったが、巣箱に雀はいなかった。母が俯いたまま謝ってきた。
普段は室内で飼っていたのだが、母は鳥が嫌いだったらしく、巣箱を庭に出してしまっていた。
母が気付いた時には巣箱の中は血と羽だらけの凄惨な状態で、二羽ともズタズタになって死んでいた。
僕が泣いていると親父が事務所から帰ってきた。事情を聞いて僕を撫でながら母を叱っていた。
ふと庭を見ると、塀の上から猫がこちらを覗いている。隣りの家のベルちゃんだった。
よく見ると体のところどころ血が付いている。
瞬間親父がカッとなり、このガキ!と言いながら庭に出て、逃げようとするベルちゃんに拾った石を投げた。
石はベルちゃんの脳天に直撃し、そのままドサリと塀の下に沈んだ。
親父が一瞬ビクッとなった。多分本気で当てるつもりは無かったのだろう。僕への気遣いのつもりだったのかもしれない。
親父がベルちゃんに近づいて行った。ベルちゃんは舌がダラんと垂れて、目が開いている。
親父はそれでも眠ったと言いながら、ベルちゃんを庭の穴に埋めた。

数日後、隣の人が猫を見なかったかと尋ねてきた。親父が見たら連絡しますと応答している。隣の人が帰った後、心配になったのか、親父が庭に向かって行った。
庭を進むとコロがスタスタと親父の先を歩いていく。
埋めたはずのベルちゃんが完全に剥き出しになっていた。
コロが自慢げに尻尾を振っている。
親父を見上げると顔があきらかに動揺していた。無言でベルちゃんを黒い袋に入れると、車でどこかに行ってしまった。
夕方、親父が竹を積んで帰ってきた。竹藪に埋めたんだなと思ったが、竹馬や竹鉄砲を器用に作ってくれたので、どうでもよくなってしまった。

しばらくして、僕は近所の公園の裏の竹藪で蛆だらけの猫の死体を見つける。蛆だらけでよく分からないがベルちゃんのようにも見える。竹は成長が早いので、地中から押し出されてしまったのかもしれない。
あまり管理されていない竹藪だったので猫の死体は残り続け、僕は怖いもの見たさで朽ち果てていく様子を定期的に観察に行っていた。

それ以降きっちり猫に呪われている気がする。猫アレルギーになったのもその後からだった。

ただ、無茶苦茶な親父だったが、死体隠すのが不向きだというのが分かって良かったと思う。


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