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#7 喧嘩上等!(後半)

(前半はこちら)

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その日の授業中、私は例文をホワイトボードに板書していました。すると、突然、背後から誰かの怒鳴り声がしてきました。

え!? 何事!?

動揺して振り返ると、例のスイス人のKさんが、鬼のような形相で、ドイツ人のAさんを指差しながら、ドイツ語で叫んでいるのが見えました。今にもAさんに殴りかかりそうな勢いです。

しかし、叫んでいるのがドイツ語なので、何を言っているのかさっぱりわかりません。

ど、どうした!? 何が起きたーー!?

私はとっさに興奮しているKさんに近寄り、肩を抱いて、落ち着かせようとしました。

「Kさん、落ち着いて!プリーズ、カームダウン!」

それでもKさんは、Aさんを怒鳴り続けていました。今までに溜まった何かを吐き出すかのように。

その場にいた他の学生たちは皆、凍りついてうつむいていました。そして、怒鳴られているAさんは怯えた様子で、「そんなに怒っているって知らなかったんだ。本当にごめんなさい。」と、英語で何度も謝っていました。

Kさんは少しずつ冷静さを取り戻してはきましたが、肩で息をしながら、必死で怒りをこらえていました。そして、一度深呼吸をしてから、私に「トイレに行って落ち着いてくる」と言って、教室を出て行きました。

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Kさんが出て行った後、私はKさんと仲がいい学生に、Kさんが怒った理由を聞いてみました。その学生によると、Kさんは、Aさんと同じクラスになってからずっと、Aさんの発言に腹を立て文句を言っていたそうです。

確かに、時々、白熱してるなーとは思っていましたが、冗談を言い合っているような感じにも見えたので、私はあまり気にしていませんでした。

ドイツ語の会話だったとはいえ、私は問題に気づくことができなかった自分を申し訳なく感じ、クラスのみんなに謝りました。

しばらくして教室に戻ってきたKさんは、何もなかったように授業を受け、その日は無事にレッスンを終えることができました。

でも、その時はまだ、Kさんが、Aさんの何に不満を感じていたのか、具体的なことはよく分かりませんでした。

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それから1週間くらいたった後、私はやっと、Kさんが怒った理由が理解できました。

それは会話練習の時でした。

その日の会話練習のスクリプトには、学生が楽しく練習できるようにという意図から、「彼氏・彼女とデート」とか「付き合う」、「振られる」、「結婚」などの恋愛ネタが入っていました。
いつもなら笑いが起きて、場が和むネタです。

私は、その会話練習のときに、既婚男性のAさんが、独身女性であるKさんに対して、「最近、デートしていないの?」「早く結婚しないと」というようなことを言っていたのを耳にしました。

Aさんは、以前から男性のクラスメートにもよくこいういう冗談を言っていました。だから、おそらく彼に悪気はなく、嫌味でもなく、軽い冗談か、おせっかいで言っていただけなんだと思います。

でも、この手の冗談って結構イラッとするし、まだあまりよく知らない人から言われたら傷つく人だっていると思います。

しかし、いくらKさんが「江戸っ子」みたいだと言っても、笑ってその場をやり過ごす日本人女子のようなことはしません。そこは欧米人です。

いつも、この類の冗談を言われたら、Aさんに真っ向から言い返して応戦していたのです。2人のドイツ語の白熱したやりとりは、この攻防戦だったというわけです。

いい年した大人が、何をやってんだ…とは思うものの、私はAさんに注意をし、会話練習のときは、内容によって、できるだけペアの組み合わせを変えるようにしました。

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その後、2人は一応、和解をしたらしく、今は落ち着いています。でも、お調子者のAさんが、またいつ気を緩めて口を滑らせ、Kさんの地雷を踏むか分かりません。

今まで、私の先入観で、欧米ではこういう繊細な話題には、男女ともに意識が高いと思っていたのですが、実際は、そうとも限らないのかもしれません。

(そういえば、以前アメリカに住んでいたとき、英語のクラスのクラスメートに、日本人同士だと聞きにくいプライバシーに関することを、当たり前のように聞かれたことを思い出しました)

グループレッスンってやっぱり、こういうことが起きないか、常に気を配っておかなければいけないんですよね。。最近、ちょっと慣れてきて、油断していたことに気付かされました。

それにしても、私が担当するクラスには、なぜかキャラ濃いめの人が多い気がするんですが、そう思うのは私だけなんだろうか…。

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