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手の甲に彫られた蝶は綺麗だった。

出勤途中、地下街を抜ける直前にパン屋があった。
オシャレな名前のパンを買うのが何か恥ずかしくて
いつもクロワッサンを選んでいた。

買ったクロワッサンが焼きたてで温かいと、今日は良い事がある。
少し早めに出勤し、静かなバッグヤードで食べるそのパンは
安っぽい願掛けではあったが
何か少しでも仕事に手応えを感じたかった自分には
それだけで1日が大きく変化するような気がして、特別だった。


毎日怒られやる気が出ない、結果も出せない。そんなスタートだったが様々な事が起こり、この職場のおかげでジャンルが違うファッションにしっかり意識が向くようになった。
結果、好きなジャンルだけでなく他のジャンルにも興味を持つ事でより多くの気付きがうまれ、この経験がジャンルを問わず判断できる柔軟性や
様々な事に興味を持つ楽しさを感じる原点ともなった。
今にも繋がる大きな糧となっている。




18歳ってまだギリ青春だよな。
こんなに怒られながら青春は終わるのか。

今考えると笑えるが
毎日のようにそんな事を考えながら
目の前の日誌や週、月に提出する自己分析シートと改善計画書に顔をうずめうなだれていた。

『ほんとやる気あんのかよ』
『もういい、帰れ、いますぐに』

当時、何度このセリフを聞いたんだろう。というか言わせたんだろうか。
すごく小柄で色白な女性の店長は、体育会系のノリではなかったが
一瞬で空気が凍る程の目力の持ち主だった。

今は怒られた意図を自分なりに理解できるが
当時は店長の発言や行動に納得いかない事だらけで反発心をもっていたし、それが態度に出ていたため嫌われていた。
仕事後のミーティングに私だけ呼ばれないこともあった。

再三書くが、私にとって全く興味がないジャンルのファッションだったが
そんな自分でも「この人はお洒落だ」と思わざるえないくらい
店長はいつもオシャレだった。

若い時に遭遇するオシャレな人物というのは特別枠で
この店長もその点においては例外ではない。

その店長に何も認められないまま辞める事は
全てにおいて負けたように思え、心底嫌だった。
何かひとつだけでも、認めさせたい。
当初仕事と私を繋ぎ止めていたのは、意地だけだった。


*****


何か変えないと、そう思っているうちはだいたい何も変わらない。
変わる時はだいたい気持ちや言葉ではなく、行動がきっかけである事が多い。

そう思うのはやはり実体験からだ。


顔は全く覚えていない
話した内容もきっと時間と共に美化されている

ほんの少し年上だったと思うが、包帯を巻いた女性のお客様。

きっかけは覚えていないが
「働く事って大変ですよね。」 とかよくある会話だったんだろう。

私の表情や会話内容から、何かを察してくれたのか
会話の最中、雑に包帯をほどき始めた手の甲には
1羽の蝶が彫られていた。

看護師か介護士を辞めたタイミングで彫ったらしい。

勧められた道を歩いていたが
人生を振り返るご高齢の方々に接するうちに、思う事があった。

目にする機会が多い、手に墨を入れる事は再就職に不利だし
人間関係でも敬遠される事もあると思う。

偏見を持たれるのであれば、自分でその偏見を解く努力が必要だし
他人の視線に左右されず、強く生きるための覚悟として入れた。

もちろん後悔する事もあるだろうし、消したいと思う事もあるかもしれない。その時は黒歴史として笑えるようになっていたい。

うろ覚えだが、そんな内容だったと思う。

前回書いたようにパンクロックな常連さん達がいたので
俗にいうタトゥーは日常的に見慣れていたが
墨を入れにる事に対して、誰かの『思い』を聞かせてもらのは初めてだった。

ゆっくりと、少し笑いながら話をしてくれた女性に

「これからの生き方の象徴として、蝶を選んだんですね。」

そんな、中二のような投げかけで返した。

『象徴かぁ、カッコ良い言葉のチョイスですね。そう思うようにしよう。ありがとう。』

至って普通の会話だが、その時の私は泣きそうになった。

以前書いたように

この二人が接客しているお客様は常にほんと楽しそうで
この二人の存在はオシャレをする楽しさだけでなく
きっと洋服を介して様々な方に、自信や勇気を与えていたと思う。
というのも、休職や不登校など様々な悩みを抱えていた方々も前向きになっていたからだ。

この当時、どちらかと言うと自分のためのファッションだった私は
お客様の為のファッションを提案出来る二人の接客と
何よりもお客さんの笑顔を見て
洋服だけでなく、接客の与える影響の大きさを深々と感じさせられた。

「こんな接客が自分に出来る日がくるのだろうか。。。」

始まり。まだ、何もない。から一部抜粋


私はこの店舗スタッフの、お客さんを笑顔にする力に
憧れや劣等感を感じていて、そんな販売員になれそうにない現状に焦りを感じていた。

レディースメインのShopだから。
好きなジャンルじゃないから接客も嚙み合わない。
結局はそんな言い訳ばかりだった。

他スタッフのように、お客様と信頼関係が生まれていたわけでもないし、洋服の提案をしたわけでもない。

しかし、初めて自分に向けた
本音の「ありがとう」を頂いた気がして
この言葉に救われた気持ちになり
そしてその気持ちは、私のモヤをはらす勇気になった。

ようやく、販売員としてスタートラインに立てた気がした。

書くまでもないが、この直後から私自身の接客方法
店長や他スタッフへの接し方が大きく変わった。

お客様や、スタッフに対しての
固定概念だったのであろうものがなくなり、会話の重要性もより感じた。
知ろうとする事で理解も広がり、同時に信頼もされるようになった。

元々のテイストが違うからこそのコーディネート提案にも
興味をもってもらえるようになった。

何があったの?と疑問視される事から始まり
スタッフ、店長の表面上だけでない人間味を知る事ができ
私の人間味的な事も知ってもらえた。

店長が声を掛けてくれ、帰宅時に二人でマックに行くほど環境は変化し
あれだけあった険悪な雰囲気は、まったくなくなった。

もちろんその後も怒られる事はあったが
そこにモヤモヤ感は存在しなかった。


*****


今回書いた出来事は20年以上前の出来事だ。
先に書いたように、これだけ昔の話だと少し美化されている部分もあるのかもしれない。

それでもこうやって記憶に残る
店長におごってもらったマックの喜びはひとしおで

何よりも
手の甲に彫られた蝶は、とても綺麗だった。




こうやって、これまで様々な人や出来事に影響を受けてきました。
それは目的を定めたり、結果を求めたような
意図的なモノではないため
すべてが良い方向に向かったわけではありません。

それでも結果として今に繋がり
その過程や、結果で得た事が当店のセレクト基準や、コンセプトになっています。

もし要望があれば、この職場を退職以降
靴の事を勉強したくて靴屋で働いたり、古着屋、セレクトショップで働いた事。プライベートで影響を受けた出来事などの何かしらを書こうと思います。

今後のモチベーションとなりますので
宜しければ、スキボタンのクリック、宜しくお願い致します。


*****

憧れも何もないまま、興味がなかったジャンルで働く事にした私。
前回までのお話はこちら。↓↓

『 始まり。まだ、何もない。|ajouter|note 』

どう生きるか。くも膜下出血に負けなかった先輩の話はこちら。↓↓

『ほどけかかった紐は、適当に堅結びをした もうほどける事はないだろうう』


最後まで読んで頂きありがとうございます。

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