ライトノベル第二章五話【律の覚悟】

 夕方というにはまだ早い時間から事前打ち合わせをしていた俺たちだが、気づけばカフェ内が賑わい始めだした。学生たちが立ち寄ったりしているからだろうか。
 場所を変えるか? と言おうとした矢先のこと、突然の陰が俺の横に出現した。
 顔をあげると、見覚えのある顔がある。悲痛なまでの表情は、助けてくれと言っているように見えた。
「律・・・。」
 どうかしたのか? としらじらしく聞ける雰囲気ではない。誰がどうみても「なにかがあった」とわかるからだ。
 どうしてここに?
 ここがどうしてわかった?
 突然現れた律の存在に、問いつめたいことは多々ある。
 そんな彼が開口一番に発したのが
「DOOMSDAYに入れてくれ!断っておいて虫がいいのはわかっている。だが、頼む!」
 だった。
 勝手だな・・・と思う反面、以前奏が話していたことを思い出す。律が自分のバンドにケリをつけ答えをだしたのであれば、俺としては是非迎え入れたい。
 しかし、義理があると言っていた彼がどういう心境の変化だ?
「理由を聞く権利、俺にはあるよな?」
「もちろんだ。」
 が、ここで聞いてしまってもいいのだろうか。俺は律と奏の顔を交互に見た。律の視界には俺しかいないようにも見えるが、奏はしっかりと律のことを見ていた。奏は勘がいい。だいたいの予測はついているらしく、俺が奏の顔を見ると、「いいんじゃない?」というような表情を見せた。
 俺は奏の気遣いにホッとしながら、「とりあえず座れば?」と勧める。
 そこで律はやっと、同席者がいることに気づいたらしい。
「あ、悪い。連れがいたんだな。」
「俺なら構わないよ。」
 と奏がいう。俺も、奏はバンド仲間で信用していると言うと、律はポツリと語りはじめた。
「オレはメンバーの諸事情ってやつを尊重するよう努力してきたつもりだった。バンドするにも資金はいるし、それを工面するために掛け持ちのバイトで忙しくなり、なかなかスケジュールが合わないのも、これからも今のメンバーで続けていくためなのだから、仕方がないと。だから口パクの件も納得できないが、それで負担が減ったりするならしょうがないのかなって思うようにしようと頑張った。けど、実際は違っていた。あいつら、忙しいとか、時間の確保が難しいとか、もっともらしい理由をつけてたけど、本当は・・・。」
 律は呼吸を置くことなく一気に話したが、ここでいったん言葉を飲み込んだ。言い難そうというよりは、爆発しそうな感情を押さえ込んでいるように見えた。さすがの俺でもだいたいの察しはつく。奏は完全に読めたらしく、軽くため息混じりの吐息をこぼした。律は拳に力をこめ、爆発しそうな感情をそれで押さえ込もうとしているのだろう。
「本当は・・・あいつら、バイトを増やしていたわけでも、日々の生活に追われていたわけでもなかった。バンドに時間と金をかけるのが嫌になっていたんだ。それだけなら、正直に話してくれればいいと思えないこともなかったんだ・・・。」
 次のライブが決まっているときに「もうバンドはちょっとな・・・。」と言われて納得できるだろうか。
 だが、やる気のないメンバーとライブを決行したところで、時間の無駄なような気もする。 俺なら、話してくれたとしても許せるはずもない。
「さすがに、ルール違反は許す気にはなれなかった。」
「ルール違反?」
「詩音のバンドにはないのか? 社会的ルールを守るのは当然だが、バンド内のマイルールみたいなものだ。」
「・・・いや。」
 といいながら、俺は奏を見た。
「詩音には縁遠いんじゃないかな。なんたって彼は音楽性が第一って人だからさ。そういうの関係なしに音楽性の相違とか、目指す理由、バンドをする理由の相違で分裂みたいなのはあるけど、律のいうマイルール的なものは元々不要だったんだと思うよ。」
「すげーな。それって理想的なバンド体制じゃんか。」
 むしろ音楽以外のルールを設けている方が不思議なんだが。
「それで? どんなルール違反をされたんだ?」
「ファンと深い関係にならない。他のバンドと揉めない。自分のやるべきことを人に押し付けない・・・とか。」
 ・・・なるほど。つまり不貞を働いたってことか。ファンに手を出すならまあ・・・当事者でどうにかしてくれといえるかもしれないが、他のバンドと暴力沙汰っていうのはな・・・。
「それ、もしかして大事になってるの?」
と奏が聞く。
「あ、ああ。向こうがかなり本格的に法的処置をとるつもりらしく・・・。」
 律の告白を聞いた奏が俺と律の間を取り持つ。俺ではうまく話をまとめられるとは思えない。奏が同席してくれたことが幸いした。
「それじゃ、もうバンドの活動どころじゃないね。下手したら、無関係のメンバーにも飛び火するかもよ? アマバンだって人気商売だし。いまのご時世なら、ネットで瞬く間に拡散で知られることになる。それでDOOMSDAYに?」
「詩音とは一度きり、とくに面識があったわけじゃないが、不思議と親近感みたいなものがあった。メンバーの抱えてる問題がわかった瞬間、詩音のことが真っ先に思い浮かんだ。DOOMSDAYに誘われ、一度は断ったんだが。なぜだろうな・・・詩音となら、オレはオレらしく音楽を続けられそうな気がした。テストが必要っていうなら、受ける。そこの・・・。」
「俺は奏。」
「奏の同意が必要だっていうなら、奏の出す条件もクリアする、だから・・・!」
 律は頼むと頭を下げた。
「まあ、俺の了承は必要ないよ。詩音が認めれば意義はないしね。」
 奏が俺を見る。俺としては願ってもない申し出だ。
「俺の方からもう一度誘わせてくれ、律。一緒に、DOOMSDAYをやらないか?」
 律の表情がスローモーションを見ているかのように、明るくなっていく。
「で、その律はなにを担当するんだい?」
 受け入れられた律、受け入れようと願った俺たち二人は、念願かなった喜びのようなものをひしひしと感じていたが、奏はそうでもなかったように見えた。俺の決断に意義は唱えないという言葉通り、彼は俺の判断に従ってくれているだけのように感じる。それが浮かれ気分を一気に現実へと引き戻してくれた。
「ああ、そういえば・・・。」
「え・・・聞いてなかったのか、詩音・・・。」
 バンドのメンバーは必ず担当楽器一人ずつという決まりはない。ギター二本でより音に幅が出せたり、音色を自由自在に使いこなす、キーボードというパターンもある。。
「あれ、初めて会った時に言ったと思うんだが、忘れちまったか? オレはベースだ。もしかして、ベースはもう決まっているのか?」
「いや。これから最終選別するところだった。歓迎するよ、律。」

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