ライトノベル第二章六話【犬猿の仲?】

 翌日、相楽さんのスタジオで本番ライブを想定した通しリハーサルをすることになった。もともと最終選別をするための音合わせもする予定で、半日ほど借りていたため、律にも早くから参加してもらった。DOOMSDAYの音楽性を知ってもらいたいこと、ライブ用の曲を覚えてほしいこと、ベースが入ったことでどう音に変化が出るかを直接確認したいこともあった。曲がよくなるなら律の意見も取り入れたい。昨日、奏が仮録音していた音源を聞かせていることもあり、楽譜を見せると軽く慣らすように弾き始めた。
「いいんじゃねーか?」
 その言葉を受け、俺はホッとした。
 が、それはほんのひとときのことだった。別の楽譜を見ながら、ひと通り弾く律は奏に合わせてみたいと要望。奏は無言でギターを手にして慣らすというよりは本気に近い感じで弾く。釣られるように律のベース音も本気になっていくのを俺は黙って聞いていた。
ギターとベース音がいい感じに重なっていく。
 俺が想像していた以上の出来映えになっている。
 この旋律に合うドラムがいれば、最高の出来だ。
 が、途中でアレンジが入り始める。
 奏とアレンジを加えながらの曲作りをした経験上、そうやって作り上げていく楽しみを得ていた俺は、律のアレンジも悪くない。このままもう少し聞いていたい・・・。
 ところが、突然、ギターの音が途切れた。
「勝手にアレンジするなよ。」
「いい曲なんだ、もっと作り上げた方がいいだろ?」
「メンバーの技量は揃えたい。でなければ意味がない。」
「オレたちなら問題ないだろう? なあ、詩音。」
 矛先が俺に向けられる。俺は仲介役のようなものに適していない。一番適役の奏が当事者になっている以上、俺がどうにかしないといけないらしい。
 ここはやはり・・・。
「いいアレンジだと思うが、奏がいうように技量は揃えたい。どうするかはドラムが決まってからでいいか?」
「ドラムね・・・了解だ。その選別に、オレも同席させてもらってもいいか?」
「構わない。決めたらそのままリハをしたいしな。」
 律は俺の判断に意見することなく、聞き入れてくれた。
 奏はそんな俺を見て、「悪い・・・。」というようなジェスチャーをした。
 律は音楽に対し率直で熱い魂のようなものを持っている。その情熱は俺に更なる高みをみさせてくれそうな予感を感じさせる。
 だが、もしかしたら奏とはこれからも対立するんじゃないか、と少し嫌な予感がした。ここらで少しリセットした方がいいかもしれない。俺はドラムの選別をするまで少し時間があるから、休憩にしないかと提案をした。

 俺の休憩は必ず外の空気を体内にいれることから始まる。スタジオの外に出ると、どこかに出かけていたのか相楽さんと出会う。
「順調のようだな。ベースは律だろ?」
「ああ。律を知っているのか?」
「詩音ほどじゃないが、定期的にうちのスタジオを使ってくれていたからな。やっていけそうか? まあ、奏がいればなんとかなりそうな感じもするが。」
「その奏がちょっとな・・・。」
「はっはっは。詩音も他人を気遣えるようになったか、成長したな。それも奏のおかげだな。」
「なんで奏なんだ?」
「なんでって、あいつの他人との接し方はいい見本になるだろう? それを軟派っぽいと思うか気遣いのできる人と思うかは、捉え方次第だ。詩音は奏を気遣いのできる人と感じたから学んだんだろう?」
「学んだ? 俺が?」
「なんだ、無自覚か。だったら尚更、いい傾向だと思うぞ。」
「なんだって相楽さんはそうまで俺のことを気にかける?」
「お! 気にかけられているって自覚があるのか! 成長したな、詩音!」
 相楽さんがガシガシと俺の頭を撫でる。
「・・・やめろ、ガキじゃないんだ。」
「俺からしたら、詩音なんてガキのようなものだろ。なんにしても、いいメンバーと出会えたな、詩音!」
「・・・それは、俺も思うよ。」
「そうか。次のライブ、俺も時間があったら見させてもらうよ」
「・・・なんだよ、急に。いままで、そんなのなかったじゃないか・・・。」
「そういえば、そうだっかもしれないな。なんていうか、今度のおまえらはちょっと違うような気がしてな。」
「・・・だといいんだが。」
「なにか問題でもあるのか?」
「いや、そういうのじゃないが。」
「だったら、気にせず突き進め。ほら、あれは律だろ? こっちを気にしているぞ。」
 言われて振り返ると、入り口から姿を見せている律がこちらを見ていた。俺と相楽さんが律に気づくと
「お〜い! いつまで休んでいるつもりだ〜!」
 と叫ぶ。律のそんな姿を見た相楽さんは
「いいね〜ああいう顔。」
 と呟いた。続けて
「律のああいう顔も、久しぶりだな・・・。」
 とも言った。俺は相楽さんより先に律の元へと向かうと、
「詩音は相楽さんと顔馴染みなのか?」
 と聞かれる。
「そういう律も、馴染みなんだろう?」
「まあな。実はあまり個人的な話をしたわけでもないんだけどな。」
「そうなのか? 相楽さんは律のことを気にかけていたようだが。」
「そうか。まあ、前のバンドではいろいろあったからな。察しのいい相楽さんなら、なにかあるくらいのことは感じていたのかもしれない。スタジオなんてやっていれば、バンド事情には詳しくなるだろうし、いい噂も悪い噂も耳にすることもあるんじゃないか。」
 そうかもしれないな・・・と相づちを打ちながら、奏の待つスタジオの中へと戻った。
しばらくすると、ドラムのサポートメンバー候補が集まる。テストのために用意した難易度の楽譜を渡し、数分の練習時間を与えたのち、ソロでやってもらい、続いて俺たちと合わせてみる。それらを繰り返した。ほかの候補と重ならないよう時間設定をしたため、テストの時間が終わる頃には夕方を過ぎていた。
 俺たちは場所を移動し、誰を入れるかの相談をした。俺は奏や律の意見ももっともだと思えることも多々あり参考にはできるが、なぜか奏と律は犬猿関係のように意見の衝突が絶えない。
「最終的には詩音が決めればいいことだろう。」
 と主張する奏。
「だったら、相談なんて時間は必要ないだろ。」
 と律は返した。
「詩音は参考にしたいと言っただけで、俺たちの希望を叶えるとは言ってない。」
「そうなのか、詩音?」
 二人の視線が俺を射抜くように見る。
「二人の意見はわかった。俺としては、しっくりきたのは、こっち。だがテクニック的に群を抜いていたのはこっちだ。どちらかにしたい。」
 俺は候補をふたりに絞った。奏は今回だけでいうならしっくりきた方がいいと言った。実際、奏も音合わせをしたとき、とてもやり易かったという。律はテクニック重視で選ぶ。たしかにしっくりきた方がやりやすかったが、テクニックがあれば要望に応えてくれることくらいはしてくれるだろうという意見だ。それに対し奏は意義を唱える。
「テクニックがあれば柔軟性もあるというのは思い込みすぎないか? むしろ自信過剰かもしれない。とにかく、ここは詩音に任せる。それでいいだろう、律。」
「奏、おまえは主張しているようで、最終的には詩音任せだ!だったらこういう場に参加する意味、ねえんじゃねーの?」
「・・・律、熱くなるなよ。ここは公の場だ?」
 気づけば声のトーンが大きくなり、ほかの客の視線の的になっていた。奏がヘラヘラした笑みを浮かべ「すみませんね〜。」と頭を下げる。律は熱くなったことは詫びてきたが、なんでもかんでも「詩音に任せる!」という判断を下す奏への不満は消えそうになかった。ただ。
「でも、詩音が決めたっていうなら大事なのは同意だよな。まあ、オレらはサポート側だし。」
 と、折れる。 二人の意見を聞き、俺はしっくりきた方のドラマーを採用することにした。

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