ライトノベル第三章七話【次はもっと最高のライブに】

「よし。この調子でもう一曲やろうぜ!」
 律が流れを変える言葉を発する。美琴のことを迎え入れる初セッションだ、と一人でテンションが高い。奏はそんな律を「暑苦しいヤツ」と軽く軽蔑をする。いつもならこれでひと騒動になるが、今回はならなかった。奏は律のことを軽蔑しつつも、「だが、それはいい案だ」と考え事態は悪くないと受け入れたからだ。
「美琴はほかになにがイケる?」
 奏はなるべく美琴に威圧を与えない距離感と口調で聞く。美琴は今、憧れの俺とDOOMSDAYに認められつつあることに感極まっているが、いつ現実に戻り自信を見失いかけている美琴に戻るかわからない。人の扱いや動かし方は奏の方が長けている。また人当たりがいい。俺よりも遙かに・・・だが、美琴にとっては俺の方がいいのか、聞いているのは奏だが、美琴の視線は俺を見ていた。
「まさか、この俺がフられるとは!」
 奏、その発言は冗談なのか、本気なのか、俺では判断できないんだが・・・。
 俺をはじめ美琴も困惑に満ちた顔をしてしまう。律に至っては、奏を見る目が軽蔑に満ちていた。
「おまえ、どんだけ自分に酔ってんだよ。」
 律にツッコまれる。
「おまえら、頭が固いな〜。ここは冗談として笑うところだろうが〜。」
 律のツッコミを即座に切り返す。
「えっと、あの・・・?」
 戸惑う美琴。俺は
「いつものことだ。こいつらの話を全部真剣に受け止める必要はない。」
 と、助言になるかはわからないが、俺がそうした方がいいと思ったことを言う。
 美琴は「はあ・・・。」となまくら返事。完全に気が緩みきってしまった。
「そろそろやろうぜ」
 と律が矛先を元に戻す。
「希望がないならオレが決めるがいいか?」
 とまで美琴を煽るので、俺は
「全部はまだだ。」
 と阻止し、「この曲のレベルなら問題はない」と、楽譜を見せる。それはだいたいラストのひとつ前に組み込むことが多い曲で、中休み用の曲よりは曲調が早い。
「オッケー! ノリのいい曲じゃないか!」
 律は早く始めようぜと急く。
「美琴、おまえのタイミングでいいぞ。」
 俺は律の急く言葉を遮る。
 だが、以外にも美琴の方から提案が出た。
「あの、少しいいですか?」
「ん?」
「もしかしたら、もう少し音にメリハリが出るかもしれません。その、奏さんのギターなんですけど。」
 奏は自前のギターを持ち込んでいるが、アンプなどはスタジオにセットされているものを使っている。彼自身も、借り物だし、納得のいく音が出にくいのは仕方がないと諦めているところはある。ライブ近くになると、重いと文句をいいながらアンプを持ち込むこともあるが。
「触ってもいいですか?」
 美琴は反応のない奏に確認するように訊ねた。
「ああ、悪い。そういえばローディーやってんるだったな。構わないよ。やってくれ。」
 奏の許可が出ると、ドラムから離れ奏のギターを受け取り、セッティングしたり音響確認したりしてから、自分の荷物からなにやら道具を取り出し、いじりはじめた。
「たぶんこれではっきりとしたメリハリがでると思います。試してみてください。」
 奏は再びギターを肩にかけ、ピックで弦を触れるように弾く。耳に入る音質が明らかに違う。
「すごいな。」
 奏はテクニックが必要になる難しい弾き方も試す。
「一体感がある。これはいい演奏ができそうだ。ありがとな、美琴。」
 ギターの音を聞いた律が、自分のべースも見てほしいと言い始める。
「わかったわかった。じゃあ、いったん、美琴にひと通り見てもらい、セッティングし直し、音響の確認もしてもらおう。」
 このままいけば「詩音のマイクも見てもらえよ」と言いかねない。
「いいんですか、詩音さん。」
「これだけ奏が絶賛して、律が望んでいるんだ。気が済むまでやってくれていい。ただ、美琴の負担になるなら、適度なところで切り上げること。いいな?」
「はい。負担になんてなりませんよ。僕がみなさんにできる唯一のことですからね。」
 言い切った美琴の顔は自信に満ちている。勇気がなくて前に進むことができなかった彼が、ひとつひとつ乗り越えて今を手に入れている。俺が認めるより、俺以外に認められた方が自信がつくと思ってのこともあったが、この場を設けてよかった。それは俺自身にとってもなにかを乗り越えたような気がする。バンドの結成と解散を繰り返し、人を信じられなくなっていた俺に、奏が根気強くつき合ってくれたように、俺も美琴が殻を破る手伝いができたと思っても驕りではないよな。

「お〜い、詩音! そんなところに突っ立ってないで、こっちに来いよ〜!」
 律が俺を呼ぶ。
「詩音、本当は正式にサポートメンバーにするつもりなんだろう、美琴のこと。」
 奏が近づいてきい耳元で語る。
「奏はどう思う?」
「大歓迎だよ。ローディー経験は重宝ものだ。それにドラムの腕前は高水準だよ。曲のアレンジももう少し難易度あげても問題はないと思う。問題は、ローディーを続けながらだと、曜日によっては拘束力が強くて自由がないってことだな。」
「その辺はなんとかなるだろう。別に俺たちは曜日にこだわってはいない。」
「まあ、そうだけど。それで、いつ本人に告げるの。俺たちとライブやろうぜって。」
「奏はいつがいいと思う?」
「さあな。それは原石を見つけた詩音が決めればいいんじゃないか?」
 なんてことをコソコソと話していると、
「早く来いって〜!」
 と律が再度呼ぶ。
 俺と奏は「わかってるよ。」とぶっきらぼうに返しながら、美琴が必死にセッティングしている場所に合流をした。

 そして・・・。
 俺が美琴にDOOMSDAYのサポートメンバーとして正式に迎え入れると告げたのは、次のライブを決めようと思う、と皆の前で告げた時。実は、律には伝えていなかったため、自分だけ仲間外れだとふてくされたが、すぐに美琴のことを俺たち以上に感激して迎え入れていた。
俺たち四人の初ライブまでのカウントダウンが始まる。

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