ライトノベル第二章二話【忘れていた想い】

 奏は有言実行するタイプのようで、本当に俺と行動を共にし始めた。張られているのでは?と思うくらい、いいタイミングで相楽さんのスタジオで遭遇し、そこから俺の後をつけ回してくる。
 はじめはウザさが半端ないし、文句だけは人一倍だったが、俺のすることに反対することはなかった。それが次第に居心地がよくなり、そして曲作りにしても練習にしてもやりやすさに変わっていく。
「なあ、この曲のここのフレーズなんだが・・・。」
 自然とそんな言葉を口にしていたことに驚いた俺は、途中で言葉を飲み込む。いったい俺は奏になにを期待して聞こうとしているのか。だが、奏は俺の戸惑いなど感じることなく
「そうだな。こんな感じはどうかな?」
 と、ギターを弾く。悪くない。いや、むしろその方が耳に残りやすい。
「いいな、それ。」
 感じたことが自然と言葉になっていた。
「そりゃどうも。ほかにも確認したいことがあったら聞いてくれよ。俺の意見を取り入れろ、なんて言わないからさ。客観的に意見を参考にするのはいいことだと思う。」
 それはわかっている。どんなにいい曲だと思っても聞く人によって感じ方は様々だ。客観的かつ率直な意見をくれる存在は大きい。ともに作り上げていく感もバンドをやっている実感が得られる。
「そうか? じゃあ、こっちのこの辺りだけど・・・。」
 俺はすでに仕上がっていた曲の確認を奏にした。彼は楽譜を見て即興でギターを弾く。すると。
「そうだな〜。全体にまとまってはいるが、アレンジが入るとどうかな。ほかのメンバーが決まってから変更してもいいんじゃないか? で、俺なら、ここのあたりは、こんな感じにするかな。」
 俺が作った曲をベースに奏なりのアレンジが加わる。悪くない。奏はどう音を組み合わせれば印象的なリズムになるかを感覚でわかることができるらしい。彼がライブのステージでどういうパフォーマンスで奏でてくれるのか、俺は珍しく次のライブが楽しみでたまらなくなっていた。
「そろそろ本腰入れてほかのメンバーも選別しなきゃいけないな。」
 奏が別の楽譜を見ながら軽く弾きながら言う。
「そうだな。」
 俺は相槌で返した。
 まだ耳に、奏がアレンジしたメロディーが残り、余韻があったからだ。
「どうなの、応募の感じは?」
「あれだけ俺と一緒にいたんだ、だいたいの数は知っているだろ?」
「まあな〜。けど、俺の知らないこともあると思ってね。決めかねている感じ? それとも論外な感じ?」
「ほぼ後者だな。問い合わせがないわけじゃないが。」
「だろうね。」
「え?」
「この前のライブの完成度は悪くない。だからこそ、興味あっても二の足を踏んでしまうやつらはいるってことだ。だったら、こっちからめぼしい人材を探せばいいだけなんじゃないか? ここはスタジオなわけだし。バンドマンは選び放題だ。」
 それはそうなのだが。ソロでスタジオを使うタイプは少なく、だいたいは固定メンバーのバンドが数時間単位で借りるのが定番だ。もちろん、特定のバンドに加入していないミュージシャンもスタジオを使うし、情報収集などで出入りをする者も少なくない。俺がサポートメンバーを募るために告知を出したように、そのような告知を見に来る者もいる。スタジオの中にこもってしまうと、そういった人の出入りを意識するというのは、難しいだろう。
「その件は、もう少し時間がほしい。」
「了解。だが、あまり一人で抱え込むなよ?」
「ああ。」
「メンバーの目処がついたら、いよいよライブだな。対バンでいくだろう?」
「そうだな。単独で挑むにはまだ無謀だからな。」
「そうか? 詩音なら、そう遠くない日に実現しそうだけどな。ま、今は未来より目先だな。曲数もだいたいこれくらいで持ち時間足りそうだし。繋ぎのMCと組み合わせれば、十分かな。」
「MC? 誰が?」
「そりゃ、ヴォーカルの担当だろ。」
「・・・それ、先入観持ちすぎだろう。俺はそんなにしゃべりが得意ってわけじゃ・・・。」
「まあ、そうだろうな。」
「はあ?」
「詩音が先に言ったんだろ? 苦手だと。だから・・・。まあ、いざとなったら俺が助け船出すからさ。気楽に行こうぜ!」
「冗談じゃない。曲数を増やす。」
「焦って作っても失敗するだけだって!」
 奏の言うことは、もっともなことばかりだ。
 だが、妙に勘に障ることが少なからずある。彼はひと言多いのだ。それがなければ・・・と思うようになっていた頃には、俺はもう奏の存在を確実に認め、そして頼りにしはじめていた。
 
 そんなある日のこと。
 次の対バンを想定したリハーサルを相楽さんのスタジオでやることを決めた。いくつかイベントの候補も決め、箱(ライブハウス)、出演バンドの系統などもリサーチしてから、最終的に決めようとなった。この時点で、奏以外のメンバーはまだ確定していない。奏という強力なギタリストが先に決まったことで、彼と同等の技量を基準にしてしまうと、なかなか決められずにいたからだ。実際、曲の難易度も高くなっている。完成度がよくなっている分、俺はその難易度を下げたくなかったというのも、ひとつの理由だった。
「やはり、この間と同じ箱がいいんじゃないか?」
 ステージの大きさ、収容人数、客との距離感、どれも悪くない。まだ知名度がないDOOMSDAYにとっては、続けて同じ箱でやった方が利点はある。
「詩音の意見も一理あるが、DOOMSDAYの音楽性を重視するなら、こっちだろう。」
 奏はなにより音楽性に統一があった方がファンもつきやすいという理由を推してくる。その意見も同意できる部分は大きい。俺よりもいろんなバンドでの経験がある奏がいるなら、はじめての箱でもそれなりの客に聞いてもらえる。今はなにより知名度を広げることも視野にいれなくてはならない。知ってもらえなければ、メジャーになるためのスカウトへの道のりは果てしなく遠いものなる。
「それにさ、名が知れてるバンドと対バンした方がもともとの動員数もあるし、相手のバンドのファンを引き込みやすくていい。」
「大きくでたな。経験があるのか?」
「いや、願望だ!」
「・・・ふっ。」
「あ、笑ったな、詩音!願望はデカイ方がいいだろ!やりがいがある!」
 笑ったのか、俺は。
 奏とのやりとりで・・・。
 彼に指摘され、俺は自分のことなのに驚く。
 奏といると、驚くことばかりだ。
「ああ、確かに。目的を持つことは大事だな。俺としては箱の音響の確認もしておきたいし。」
「ああそれ。それは重要だな。その辺りはほかのメンバーの意見も必要だろうし。候補だけは決めておくってことで!」
「そうだな。じゃあ、いくつかを想定して曲順入れ替えてもう一度やってみよう。」
「その前に詩音。少し、休憩をいれないか? 一度リセットしてもう一度リハした方が見えてないものも見えてくるんじゃないか?」
 根を詰めすぎるなと奏に言われた俺は、その提案を受け入れた。
「わかった。じゃあ、俺は一度外の空気を吸ってくる。奏は?」
「俺はここでいい。戻ってくるとき、何か飲み物を買ってきてくれ〜。」
「・・・わかった。」

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