見出し画像

森永チョコとポスターと

森永製菓のこの板チョコを買ったのは、何年前になるのでしょうか?当時から、チョコレートはもちろん、サヴィニャックの絵が大好きで、見つけた瞬間、思わず買った板チョコですが、中身のないこのパッケージを見ていると、あの当時のいろんなことを思い出します。クレパス画家として、精力的に絵を描いたり、雑貨店の店主として、お店を切り盛りしたり、移動販売をしながら、あちこち走り回ったり、その反面、人知れず涙をぽろぽろ流したことや、やけになり、チョコをたらふく食べたことなど…。このパッケージには、チョコの甘さはもちろん、そんな人生や恋の苦さも、こびり付いているような気がします。

画像3

そう言えば、このパッケージの絵を描いたサヴィニャックご本人も、この絵には、いろんな思いや苦みが詰まっていることを、当時の僕は、全く知りませんでした。サヴィニャックと言えば、フランスを代表するポスター画家で、パリのエスプリやインパクトのある大胆な構図と、子供のような無邪気さや遊び心を織り込んだ味わいのある絵が特徴的で、一見すると、悩みや苦みのひとかけらもないような明るい印象ですが、実は彼が苦労人で、四十歳を過ぎてからようやくポスター画家としてデビューした、遅咲きの花だったのを知る人は、意外と少ないのではないでしょうか。

画像2

少年時代には、自転車選手を夢見ていましたが、断念し、その後は、働きながら夜学に通って工業デザインを学びますが、結局会社からも解雇され、或る事務所に紹介されて入るものの、ポスターを模写するやり方が肌にあわず、一年半の兵役を終え、いくつかの職を転々とし、いたずらに歳を重ねて、すっかり自信を失くしてしまい、どうせ駄目なら憧れの人に駄目出しをしてもらおうと思い、それまで描いたささやかな作品を抱えて、土砂降りの雨の中、紹介状も持たずに訪れた会社にいたのが、カッサンドルという憧れのポスター画家で、そこで奇跡が起こります。なんと、その画家は彼の才能を認めて、仕事を与えてくれたのです。その後は、尊敬するカッサンドルの助手として仕事を続けますが、彼がポスター画家として、世間の注目を浴びるのは、まだまだ先の話で、収入の少ない貧しい時代は続くのですが、ある出来事がきっかけで彼は脚光を浴び(その出来事も、とても興味深いお話なので、近いうちにいずれまた)、ポスター画家として、ようやくデビューして、引く手あまたの彼でしたが、それでも時には作品が、ボツになることもありました。

画像3

このチョコレートのポスターも、実は何度もボツになり、お蔵入りしたポスターでした。最初は、スイスのあるチョコレート会社から依頼されてボツになり、他の国のメーカーからもボツにされ、最終的には、日本の森永製菓から依頼された時にも、他の絵柄が採用されてボツになり、その後は行方不明になっていましたが、後年、サヴィニャックの家のバスタブの下から発見されました。ですから、この作品をよく見ると、少年の眉や額の辺りに、大きな染みが入っているのが確認出来るかと思います。彼はつまり、長い間、薄暗いバスタブの下で、陽の目を見ずに、ずっと埋もれていたわけで…。サヴィニャックも、当時はきっと、悔しい思いや苦い思いで、この原画をバスタブの下に、封印したのではないでしょうか。だけど、世の中とは不思議なもので、何度もボツになったこのポスターが、日本のチョコレートのパッケージとして復活し、今ではポストカードになり、ポスターにもなり、インテリアとして人々の心を魅了し、チョコレート業界の陰の立役者になり、思わずチョコを食べたくなる購買意欲まで引き起こし、そして何より、僕の創作活動のモチベーションやエネルギーにもなっているのです。

チョコを食(は)む少年の絵を眺めつつ湧きいづるわが創作意欲(モチベーション)は  星川孝

と言うわけで、今日はいつになく長々と、熱く語ってしまいましたが、とにかく僕は、それから妻も、サヴィニャックの絵が大好きで、チョコレートも大好きで、そのお陰で、今日もこうして二人仲良く、元気に過ごせているような気もします^_^


もしもサポートしていただければ、そのお金は、ブックカフェをオープンするための開業資金として、大切に使わせていただきます。