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【連載小説】#01 売上げが高まる効果的な広告「レスポンス広告」は、どのように誕生したか。

「私、辞めさせて頂きます」。
29歳の春、一ヵ月前に転職したばかりの広告代理店を急転直下私は辞めた。理由は、生意気な話なのだが、私の技術が先に進み過ぎていたことにあった。私を指導してくれる上司の気持ちは痛いほど分かるのだが、私は昔ながらの広告理論に全く賛同できなかった。

「そのやり方じゃ、無理だろ」。

一ヵ月の間、何度も心の中で打ち消した言葉だが、そろそろ限界だった。
こんなやり方をしていたら、何も上手くは進まないだろう。いや、間違った広告を作ってクライアントにダメージを与えるかもしれない。何度か上司に自分の考えを提案したが、全く聞く耳を持たなかった。
10年位は頑張ろうと思って転職した会社だったので、とても残念ではあったが、私は自分の考えを曲げることはできなかった。まあ、子どもだったのである。

辞める時、後輩の制作者から、「この後はどうするんですか? 違う会社に行くんですか?」と質問された。私は、
「まあ、どうにかなるよ。当てもあるしね」と見栄を切った。
本当は当てなど全くなかった。この後果たしてどうして行くべきか、と不安でたまらなかった。
そんな気持ちのまま、私は大海原へと小舟を出すことになった。いや、なってしまった。

仕事もなく特に何もない日々は、決して体に良いものではなかった。二ヶ月くらいは、家で寝るだけの生活を送っていたが、体重は減って行った。
そんなある日、一本の電話がかかって来た。

「もしもし、阪尾さんのお宅でよろしいでしょうか? 私、株式会社東京教育の水本と申します」

「水本さん⁈ 阪尾です。どうして私の家の電話番号を知っているんですか? いや、それにしても驚いたな」

「いや、阪尾君の前職の株式会社陽光に連絡して、聞いたのよ。阪尾君が転職先を辞めたって言うからさ」

今考えると恐ろしい時代である。個人情報である電話番号を勝手に教えてしまうんだから。ただ、この電話によって私は救われることになる。

「阪尾君、今、ヒマ?」

「自慢じゃありませんが、めっちゃヒマです。毎日、寝てますから」

「それはよかった! ちょっとお願いがあってさ。今度、通信教育講座をいくつか集めて新聞広告を作りたいんだ。そのディレクターをやってくれない?」

「ええ、いいですよ。ヒマですから」

「よし決まった! では今度の水曜日の13時に秋葉原の広告代理店で会おう!」

「わかりました」

 暑い日だった。確かサッカーW杯のフランス大会が開催されていた夏だった。3月に入った会社を3月末に辞めたのだから、随分と仕事をしてなかったんだなぁと、8月の暑さを感じながら思っていた。

「阪尾君、この人が竹川さんね」

「初めまして、阪尾です」

「こちらこそ初めまして、竹川です」

竹川さんは私の1学年上だった。つまり、30歳ということになるのだが、既に部長職に就いていた。なんでも、アメリカの大学を卒業したバリバリの営業マンらしい。

「阪尾さんは、レスポンス広告のスペシャリストなんですよね」

「はい、まあ、スペシャリストとまで言えるかはわかりませんが」

「水本さんから伺っていますよ。これまでにもかなりの成功実績をお持ちだとか。今回の我々のプロジェクトにぜひとも阪尾さんの力をお借りしたいと思っております」

私は若干緊張したが、他にやることもないし、宜しくお願いしますと頭をさげた。

「それでは、まず通信教育講座を7つ集めよう。そして業界初の通信講座の連合広告を作ろう!」

水本さんが勢いよく声を上げた。

私は黙って頷いた。

「だいたい、いいよね」

「そうですね。私は大丈夫だと思います」

水本さんと私は短い会話を交わした。

しかし、水本さんは、まだ納得していないようだった。

「阪尾君、このキャッチで大丈夫かな?」

「全体的なベネフィットを打ち出していますので、私はよいと思いますが」

「もう少し強くなるかな?」

「そうですね。やってみましょう」

『私たちの暮らし、通信講座で
こんなによくなりました』

朝日新聞の一面広告。そのキャッチコピーが決まった。

私はどれほどの資料請求が来るのかは想像できなかった。そして、掲載日がやって来た。

初日の夕方、水本さんから電話が来た。水本さんは興奮していた。そして焦ったように大声で話し始めた。

「阪尾君、K点超えだよ! すごい請求の数だ! 」

よかった。
私は胸を撫で下ろした。
K点というのは、スキーのジャンプ競技のことだとすぐに思った。スポーツの好きな水本さんらしい比喩だった。

レスポンス広告制作者にとって、広告デザインの美しさやキャッチコピーのカッコ良さなどは、何の評価にもならない。我々にとって重要なのはただ一つ、できるだけ多くのレスポンス(集客・売上げ)を獲得することだけである。ごまかしの効かない世界であり、非常にシビアな世界だが、成功した時にはとても感謝されるし、お金にもなる。

「資料請求の数はどれくらい来そうですか?」

「まだ初日だから分からないけど、恐らくこれまで単独で掲載していた広告の2倍以上だと思う」

なるほど、よい数字だ。
2倍なら、これまでのレスポンス数(資料請求)が100件なら、200件来るということだ。
本当によかった。この一カ月間、この仕事に集中して来たので、今日はゆっくり寝ようと思った。

「ところで阪尾君、この後の予定は?」

「まだ決まっていません」

「やってほしいものがあるのよ」

水本さんも、よほど気を良くしたのだろう。ひょっとしたら、会社の上司に褒められたのかもしれない。次の仕事をすぐに依頼して来た。

「明日、打ち合わせできないかな?」

こうして私の第二の人生が始まった。


つづく

2話 >

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