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【#読物語:本】梶井基次郎『檸檬』(乙女の本棚)

「現代の絵師が描く『檸檬』」(2020-07-11 山形新聞)

 1925(大正14)年に書かれた短編小説「檸檬」。およそ百年前の京都の町を舞台としたエッセイのような物語を、現代のイラストレーターが情景画で彩った本が出ている。文字だけでは思い描きにくい当時の町家や商店の様子、人物の装いなどが可視化されて味わえる。

 主人公は、憂鬱にさいなまれる《私》。大正だろうと令和だろうと、いつの世も人々は憂鬱から逃れられない。次の一節は時代を超えて共感を呼ぶだろう。

“逃げ出して誰一人知らないような市へ行ってしまいたかった。第一に安静。がらんとした旅館の一室。清浄なふとん。匂いのいい蚊帳と糊のよくきいた浴衣。そこで一月ほど何も思わず横になりたい。”

 街から街をさまよいながらも、語られるのは《私》の心の慰めとなるものたち――廃れた裏通り、店に並ぶ手持ち花火、びいどろのおはじきやトンボ玉――であった。その叙述は、同じ京都で千年前に書かれた「枕草子」を思わせる。

 《私》が通りの果物屋で見つけたレモンもその一つであった。現代のレモンは“胸に残り離れない苦い匂い”と歌われたが、大正のそれは《私》の心に鮮烈で、“なんだか身内に元気が目覚めて来た”のだった。

 そして《私》がたどり着いたのは、かつて好きな場所であった書店。そこで不意に、ユニークなひらめきが――。 
 物語の見どころとなるラストシーンも愉快に描かれる。読んだ貴方はどこにレモンを置いていきたくなるだろうか。

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