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ざまあみろ、俺は生きている


納税のタイムラグを乗り越えた今…

 タイトルが過激極まりない気がしないではないが、養老孟司先生が解剖の際に言い放った言葉を借りているだけなので、深い意味はない。

 強いて記すなら、死んだ魚の目をして、ゾンビの如く満員電車に揺られて出勤している社畜を見たら、「ざまあみろ、俺は(無税で)生きている」と思う程度だ。

 高卒で社会に出て、電鉄会社の現業職で勤め、20代半ばに入院と手術が必要なレベルで身体を壊した結果、後遺症みたいなハンデを背負い、労働者としては誰も欲しがらないレベルで詰んでいる、正真正銘の弱者男性と化したのだから、これくらいのベネフィットは付きものだろう。

 とはいえ、倒れる寸前までは蓄財に全力を注いでいたことから、ある程度の金融資産と、それによる所得がそこそこあるお陰で、無理して労働力を安売りするような就労はせず、ダラダラと暮らせているのも事実で、やはり「先立つものは金」のことわざに嘘偽りはない。

 とはいえ、昨年の時点では、前々年の課税所得に引っ張られて、住民税と健康保険税の支払いに追われていたため、執筆時点では本当に今年から、住民税非課税世帯、健康保険税7割減免となるのか、通知書が届いていないため、シミュレーション通りの結果が得られるか定かではない。

 それでも、退職直後に生じる納税のタイムラグを乗り越えた今となっては、賃金労働者もとい納税者から、フリーライダーとなる関門を超えたも同然の気分でいる。

税制は人間の行動すら変えてしまう

 「貯蓄から投資へ」の掛け声と共に、NISAが拡充されてはや半年。30年間デフレ社会だった日本でも、為替の影響によりコストプッシュ型のインフレが生じており、金融リテラシーを身につけて、資産運用を始めた者と、そうでない者との経済格差は広がるばかりである。

 現に、みんな大好きオルカンの6/13時点での年初来パフォーマンスは
+23.52%と、仮に成長投資枠の240万円分を、年初に一括投資していたら、現時点で56万円程度の含み益が出ている計算となる。

 4月末までのCPIの統計データを踏まえても、直近1年間の前年同月比(総合)で2.2〜3.5%の幅で物価が上昇していることを鑑みると、預金一辺倒で過ごしていると、年々、預金残高から買えるモノ(価値)の総量が3%程度減っていることを意味する。

https://www.stat.go.jp/data/cpi/sokuhou/tsuki/pdf/zenkoku.pdf

 資産運用=株=ギャンブルと思い込んでいるパンピーは一定数居るが、何もリスキーな個別株をNISA口座で運用する必要などなく、保有資産の殆どを占めるであろう円預金を、今後も継続する見込みである2〜3%程度のインフレに、耐性を持つ資産に変えたほうが、資産がインフレによって目減りし続けるリスクを回避できるという話で、国が勧める上手い話には裏がある的な陰謀論に乗せられている場合ではない。

 少し前に健康保険税を算出するための課税所得に、確定申告の有無を問わず、金融資産所得を反映させる案を検討するニュースが、新NISA税などと揶揄されたが、現状の税制を知っていれば、そもそもNISA口座で利確しても非課税であり、所得としても計上されていないものを、課税所得に計上するのはロジックとして無理があると思わないだろうか。

 私の解釈では、新NISAの生涯投資枠1,800万円を源泉とする金融資産所得は、仮に健康保険税の算定案が実現したとしても計上されず、1,800万円の範囲で運用している多くのパンピーには影響しないものと思われる。

 検討案で狙い撃ちするのは、金融資産を1,800万円の非課税枠に収容しきれず、仕方なく課税口座で運用している小金持ち以上から、課税されている金融資産所得に対して、確定申告の有無を問わず応能負担して貰う方針だろう。

 無論、もしこの案が実現してしまうと、社畜リーマン憧れのFIRE生活は遠ざかるだろう。それでも働いたら負けだと思うなら、税制を学び、健康保険税の算出に影響しないリタイア計画を練る他なく、時に税制は人間の行動すら変えてしまう恐ろしさを内包している。

私と同じことをする覚悟はあるか?

 退職前、ここで(会社を)辞めたら、人として終わる的な罵詈雑言を浴びせられた気がするが、その手の尤もらしい説教を垂らすオッサンは十中八九、私よりも重い税を課せられている。

 そんなオッサンらが、何だかんだで人件費の半分近くを税金として負担することで、行政はオーバースペックとも言えるご立派な箱物を建てられるが、平日の日中はフルタイムで勤めており、税負担に見合う恩恵はまず受けられない。

 そうして、私のような端から見たら、社会的に終わっているプーさんが、大して税負担することもなく、平日の昼間から行政の箱物をフル活用し、医療では同じ3割負担の保険が適用され、年金は手出しゼロで国庫負担分だけ納めたことになり、その歪みは就労者の厚生年金保険料から補填されている。

 だから、社畜リーマンを見る度、「ざまあみろ、俺は生きている」と思う。ズルいと思うなら、再現性はあるのだから、私の生き様を真似すれば良いだけの話ではある。

 同じ芸当をする権利を有しているにも関わらず、それらを行使することなく、安全圏?から批判しているだけでは、イソップ寓話の「すっぱい葡萄」の域を出ない。こちとら、ぶっ倒れる前の年には「生活費<金融資産所得」、「手取り=入金力」の図式を20代ながら完成させていた。

 結局のところ、私と同じことをする覚悟はあるか?の一点に尽きる訳で、首を縦に振れない人は、この国の行く末を想像する限り、死ぬまで働き続ける運命になる可能性が高いと思うが、いかがだろうか。


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