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すべては患者さんの小さな声を聴くために。小野薬品工業でのデザインリサーチ事例【#ResearchConf 2023 レポート】

RESEARCH Conferenceは、リサーチをテーマとした日本発のカンファレンスです。より良いサービスづくりの土壌を育むために、デザインリサーチやUXリサーチの実践知を共有し、リサーチの価値や可能性を広く伝えることを目的としています。

2023年のテーマは「SPREAD」。リサーチの領域を広げる、取り組みを周囲に広げる、実践者同士のつながりを広げる……そういった意味を込めています。小さく始めたリサーチを、私たちはどのように広げていけるのでしょうか?

小野薬品工業株式会社では、患者さんのウェルビーイングへの貢献を目指し、インクルーシブデザインのアプローチで新規事業開発に2022年から取り組んでいるとのこと。「『患者さんの希望をつくり出す』製薬会社の新規事業創出でのインクルーシブデザイン」と題し、和田 あずみさんにこれまでの繊細かつ膨大な試みをご紹介いただきます。

■登壇者

和田 あずみ
小野薬品工業株式会社
リサーチャー/ビジュアルファシリテーター
HCD-Net認定 人間中心設計専門家

早稲田大学政治経済学部政治学科卒業後(2005)、web制作会社、オンライン旅行会社、共創型デザイン会社を経て現職。 ビジュアルファシリテーターとして、創造的事業開発、組織変革、疾患啓発、市民協働、教育機関等500以上の現場で可視化やファシリテーションに携わる。 產業技術大学院大学 人間中心設計履修証明プログラム修了(2014)

1/22,000の確率と社内ビジネスコンテスト「HOPE」

小野薬品工業は 1717年に創業した、300年あまりの歴史を持つ製薬企業です。企業理念は「病気と苦痛に対する人間の闘いのために」。医療ニーズの高いがん、免疫、神経およびスペシャリティ領域を創薬の重点研究領域に定めて、これまでの研究から培った技術やノウハウを生かし、革新的な医薬品をつくり続けています。

「上市」という言葉があります。これは新薬が規制当局から承認を受け、市場に出されるプロセスを指します。このプロセスは製薬会社にとって非常に重要であり、研究開発の成果を実際のビジネスにつなげる決定的なステップであると同時に、その社会的責任を果たす機会でもあります。

ただ、この上市までに至る新薬開発は、成功確率が1/22,000(日本製薬工業協会調べ)。新薬の元となる数多くの化合物が病気にどのような作用があるのかを調べ、臨床試験などを通じて、安全性・有効性の検証や当局の審査・承認を経て、ようやく販売に至ります。成功するまでには数年から数十年、そして多額の投資が必要となるのが一般的です。

様々な病に苦しむ患者さんを救うという使命を果たし、同時に企業としても持続的に成長していくために、新薬の研究開発を行う製薬企業では、常に新しい薬を生み出し続けることが必要です。継続的なイノベーションを起こすことが必要な業界環境のなか、挑戦する人を生み出し続けるべく、2021年5月に「Ono Innovation Platform(OIP)」が立ち上がりました。そのなかの「挑戦の場」と位置づけられるものが、社内ビジネスコンテスト「HOPE」です。「HOPE」は初年度である2021年に、なんと83名もの社員がエントリーしています。社員一人ひとりの「この患者さんを助けたい」「この課題を解決したい」といった思いを元に、新規事業提案をする場となりました。

今回の発表者である和田さんはもともと、政治学を学びながらもデザインの領域に入ってきた方。デザインのナレッジ、そして可視化のナレッジを活かして、事業開発や組織変革、市民協働、疾患啓発など多様な分野で活動をしてきたそうです。和田さんは現在、Ono Innovation Platform室(OIP室)にて、インキュベーション課の一員として、「HOPE」で採択されたテーマの事業開発を行っています。

HOPEでの発表者は「テーマ起案者(もしくは起案者)」と呼ばれ、それぞれの新規事業のリーダーとなります。それらのテーマを横断する形で、UXディレクターとプロジェクトマネージャーが配置されています。UXディレクターは和田さんを含む2名。サービスデザインにおける、主にフロントステージの設計(顧客体験やタッチポイントの設計等)を担当しています。

「患者さんの声を聴く」ために大事にしていること

OIP室では、患者さんの声を聞き、そこに深く共感するために、リサーチ的な取り組みから対話的な取り組みまで幅広く実施されています。それらを大きく分けると、「設計・実査の質とスピード担保」「患者さんや起案者(リードユーザー)の小さい声を大事にする」「『わたしたち』の関係性づくり」の3つになるそうです。

「設計・実査の質とスピード担保」では、インタビュー設計・リクルーティング方法だけでなく、インタビューのリハーサルにも工夫が凝らされています。例えば、医師へのインタビューのような専門性の高いリサーチは、医療現場に関わる機会の多いMR(医薬情報担当者:Medical Representative)の方々に医師役として参加してもらい、インタビュー被験者を「演じて」もらうことで、リサーチの質を確認し、ブラッシュアップをしているそうです。ただスピードが上がることを目的にするのではなく、センシティブな医療現場におけるコンプライアンス順守等のルールをしっかりと策定したうえで、これらの設計・調査を行っています。

「患者さんや起案者(リードユーザー)の小さい声を大事にする」ために、リードユーザーである起案者とともにフィールドワーク/サービスサファリを行うことに加え、起案者の個人のストーリーや、ステークホルダーへのインタビューを通じて、より深い理解と共感ができるような取り組みを実施しています。

「『わたしたち』の関係性づくり」として、インタビュー前後の丁寧な関係性づくりとともに、患者さんとメンバーでも、対話する場づくりもしているとのこと。

事業開発に活かす実践例

それでは、実際にこうして「聴いた」患者さんの声を、どのように事業開発に活かす取り組みを行っているのでしょうか。

特徴として挙げられるのは、5日間程度で実査〜分析〜アクション決めをすべて実施するスピード感を持った進め方です。新規事業のスピードを保ちながらも、包括的な検証・分析ができるよう、その時々の状況やチームに合わせた分析方法を選定し立案したといいます。
皆で拠点に集合できる際にはリアルのワークショップでの分析を行ったり、大阪と東京、地方の拠点にメンバーが別れているプロジェクトではオンラインで分析のワークショップを行うなど、リアルとオンラインの場の使い分けをチーム状況にあわせて決めています。
また、リアル、オンライン両方で、最適な分析と施策立案ができるよう、上位下位関係分析やジャーニーマップ、KJ方AB型などさまざまな方法を、プロジェクトの状況に応じて使い分けています。
このような検証・分析を併走させて解決策の精度をさらに上げ、実証実験につなげていきました。

また、同時に大事にしているのは「つくる」プロセスを開くという点。医療の事業は様々なステークホルダーで成り立っているからこそ、ステークホルダーと一緒に考える共に創るプロセスを重要視し、ワークショップなどを行っているそうです。
そして、そうした様々なステークホルダーと共に今ない新しいサービスを創る「デザイン態度」を学ぶ合宿もされたそう。なんと、開催場所はお寺とのこと!

こうして、リードユーザーに近い立場の起案者を起点に、リサーチや対話を行っていったり、サービスをつくる議論をしていく中で、自然とプロジェクトの進め方が、インクルーシブデザイン的なアプローチになっていったそうです。

患者さん中心の文化が広がる

元MRのメンバーのある起案者は、ペイシェントジャーニーマップを作成した際に、「患者さんのことやDr・医療関係者の1日1時間1分1秒のその瞬間まで分析することが大事」「僕は知ってるつもりだったけど、全然患者さんのことや医療関係者のことを知らなかった」との感想をシェアしてくれたそうです。デザインリサーチが患者さん中心の文化を広げていると和田さんは感じているそう。「こんなに話をきいてもらったことがなかった」「私の話が誰かの役に立つならとてもうれしいです」という言葉を患者さんからいただくこともあり、それは「希望のバトン」を渡されているとも思っているそうです。

AIや技術の発展が進む現代だからこそ。人が、人を想って、人のためにできることとして、和田さんはリサーチを捉えており、デザインリサーチを進めることは、「人間らしさの解放」につながるという言葉で、講演を締められていました。
これからますますイノベーティブな実践を行う小野薬品工業から、今後も注目していきたいですね。

▼さらに詳しくはこちらから
https://recruit.ono-pharma.com/episode/story04.html

アーカイブ動画、登壇資料もあわせてぜひお楽しみください。

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また、アフターイベントが開催されます!ご興味ある方はぜひご参加ください。
RESEARCH Conference Pop-up in KYOTO
2023/06/30(金) 19:00 〜 21:00 京都会場・オンライン同時開催
関西での開催です!オフライン会場の座席数は限られており、抽選です。6月19日が締め切りですので、忘れずにご応募くださいね!

[文・編集]若旅 多喜恵   [写真] リサーチカンファレンススタッフ

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