地方公務員に専門性はあるのか
レンタル学芸員ことはくらくです。普段は博物館の学芸員として働きながら、余暇を使って自分自身をレンタルする活動をしています。いつもはごあんないのリンクを貼るのですが、あまりに依頼がないので今回はやめます。気になる方は探してみてください。
過去に学芸員の専門性について語る記事を書きましたが、今回は地方公務員の専門性について書いてみたいと思います。
「地方公務員には専門性がない」というのはよく聞く話です。ご存じの方も多いかもしれませんが、公務員は数年ごとに配置換えがあります。昨日まで博物館で働いていた人が、明日には市民課で住民票の発行をしていることもあり得るわけです。長く同じ職場にいることが少ないため、専門職(スペシャリスト)よりも総合職(ゼネラリスト)になるという表現がされることもあります。
学芸員や幼稚園教諭、保育士、保健師、土木・建築・電気技師、司書などの職は、1つもしくはいくつかの配属先に限って異動することが多いですが、これは例外的だといってよいと思います。これらの職種については、先ほどのリンク先の記事に書きましたが、技術が求められる職であり、専門性があるといって良いと思います。では、職種で採用されていない行政職の場合はどうでしょうか。
どの職場でも共通して求められる知識
公務員は法律や条例、規則等に基づいて仕事をしています。聞いたことがある方もいるのではないでしょうか。また、それが故に「杓子定規だ」とか「融通が利かない」と言われることもあります。
法令に基づいて仕事をしている事例に、地方公共団体における様々な契約があります。原理原則でいえば、自治体が物を購入したり、貸し借りしたり、業務を委託したりする契約の相手は、競争入札によって選ばれています。複数者のなかから合理的な相手(簡単に言ってしまえば、安価な値をつけた者)と契約しましょう、というルールになっています。その基本的な枠組みは、地方自治法という法律で定められています。
さきほど、原理原則で言えば、複数の者を競い合わせて契約相手を決めていると書きました。これは自治体の使うお金=税金の使い道を透明にするためのルールです。職員の採用試験についても同様ですが、公平にやりましょうということですね。しかし、様々な理由で入札が適当ではない場合があります。その際に行われるのが「随意契約」と呼ばれるものです。これは、その名の通り、自治体が決めた相手と契約を結ぶものです。この随意契約ができるケースはかなり限定的です。
たとえば、新しく開発された商品でその事業者でないと取り扱いができない場合や障害者支援施設やシルバー人材センターから物品を調達したり、業務を委託したりする場合などです。一応、落札者が契約をしない場合にも随意契約は可能なようですが、わたし自身はお目にかかったことがないケースです。この随意契約が可能なケースについても、法令に記載されています(地方自治法施行令)。随意契約の場合で一番多いのが、「少額随契」や「1号随契」などと呼ばれるものだと思います。
別表には、種別ごとに随意契約をしてもよい金額が書かれています。たとえば、政令指定都市以外の市町村においては、「工事又は製造の請負」については130万円、「財産の買入れ」については80万円、その他の契約は50万円となっています。正確には、これを上限に各市区町村の条例等において定められた金額となりますが、ややこしいので省略します。このあたりは、文化財保護法と文化財保護条例についても同様の関係にあります。
鉛筆1本買うのにも入札をしていたらキリがないため、効率的な行政運営を考えてこのような仕組みになっているわけです。が、鉛筆などの消耗品をなぜ、入札を経ずに特定の業者に納品させてもいいのか。それについては、理解しておく必要があると思います。たとえば、博物館でチラシを印刷する場合に、いくら以下であれば随意契約ができるのか。物品の納入、つまりその他の契約とし、50万円以下は随意契約ができるとしている自治体もあるようですが、各自治体のガイドラインをみると、製造の請負と解している例が多いようです。
では、見積書を特定の1者からもらえばいいかというと、実はそうではない場合が多いです。
すべての自治体で採用されているかどうかはわかりませんが、おおむね契約関係の条例・規則に同様の文言があります。厄介なのは「なるべく」という言葉です。1者の見積書で契約を行うこともできるものの、努力義務として2者以上から見積を取って、適正な価格であることを確認しましょうね、というルールになっているわけです。
自治体において予算を執行しようとしたとき、本当に基本的なことではありますが、理解しておく必要があります。行政にはこのような法令が無数にあるわけです。いちいち参照すればいいと言えばそこまでなのですが、それだと時間がいくらあっても足りないので、結局は何となくでも頭のなかに入れるということになります。
法令を知っていれば学芸業務にも役に立つ?
学芸業務にも一見全く関係がないと思われる法令でも、仕事の役に立ちそうなものはあります。たとえば、戸籍や住民票に関するものは役に立つ場面もありそうな気がします。
文化財保護や博物館の業務では、どうしても文化財あるいは所有者の個人情報を取得しなければならない場合があるはずです。文化財であれば、記念物の指定時の地権者の同意を求めるとき、博物館であれば、寄託者との連絡が取れなくなってしまった場合が想定できると思います。
上記の法令には、いわゆる公用請求(自治体等が法令等で定められた事務を行うため、ほかの自治体等に各書類の発行を依頼すること)が可能であることを知っていれば、目の前の課題をスムーズに解決することができると思います。
地方公務員に専門性はあるのか?
タイトルの話題に戻ってまとめとしたいと思います。地方公務員に専門性はあるのか。これについては、わたしははっきりとした答えを出すことはできませんが、法令を読み、解釈し、運用することには、ある程度の慣れが必要なのではないかと思います。
ただ異動があれば全く別の業務知識が必要になるのは確かで、例に上げたような知識を誰もが持っているかというと、そうではないと思います。先に書いた通り、公務員は法律や条例、規則等に基づいて仕事をしています。業務内容によって、どこまで法令に記されているのかについては差がありますが、いずれにせよ大本をたどれば何らかの条例に行きつくはずです。
わたしも得意ではないのですが、日本の法律・条例も日本語で書かれているはずなのですが、おそろしく分かりづらいです。だからこそ、他人の依頼を受けて、行政への諸手続きを代行して行う行政書士という資格があります。その業務内容ゆえでしょうか。通算20年以上、公務員等として行政事務を担当した者は、行政書士になることができます。
法令を読み、それを理解しているというのは、職業人として当たり前のことだと言われればそこまでですが、先のとおり、特に非専門職の地方公務員は、異動のたびにまったく経験のない仕事をします。当然、依拠する法令も変わります。そんな環境のなかで、さまざまな法令の運用を覚えていくものだと思われます。
学芸員を含めた行政の専門職は、いくつかの限られた配属先のなかで異動することが多いこととは対照的なあり方だと思います。その意味で、学芸員は技術職であるがゆえに、行政職よりも運用した経験のある法令の数が少なくなる傾向にあると思います。
事例として過去にあれこれ考えながら書いたことがありますが、博物館はその規模により職員の数もさまざまです。
置かれた状況によるとは思いますが、公立館に限って言えば、学芸員だけではなく、非専門職の行政職も配属されていることが、博物館運営にとって望ましい状況だと思います。数年おきに異動を繰り返すからこそ身についた広い行政に関する知識と(庁内外の)人脈は、施設・行政の組織としての博物館を支えています。行政職がいなければ専門職がすべての事務を執り行う必要があります。それ自体は可能だと思いますが、異動が少ないために、ゼネラリスト的な知識や人とのつながりを得ることは難しいのではないでしょうか。