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「学芸員」を語ることの難しさ

レンタル学芸員のはくらくです。普段は学芸員として働いているわたしを無料で貸し出すレンタル活動をしています。


学芸員は人数の上では「レア」な職業

自己紹介の記事にも書いておりますが、わたしはふだん博物館で学芸業務をしています。そんな自分自身を貸し出す活動に「レンタル学芸員」というどこかで聞いたような名称をつけているわけです。ただこの「学芸員」という仕事、なかなか語るのが難しい。

桑名市博物館の杉本竜さんは、医師や弁護士、公認会計士といった職業と比べても、人数が少なく「レア」な職業だと著書のなかで述べています(杉本竜『これから学芸員をめざす人のために』創元社、10p)。

わたし自身もいろいろ経験がございます。「お仕事は何を?」と聞かれた時に「学芸員です」というと、

  • 「ああ、美術館の展示室にいらっしゃるんですね」

  • 「本を読むのが好きなんだ?」

  • 「自分の好きなことができていいね」

上記のような反応が返ってくることがあります。いや、これも珍しいことかもしれません。おおむね(なんだかよくわからないな……)という感じで、なんとなく会話が流れていきます。この文章をご覧いただいている皆さんは、(おそらく)学芸員なる仕事に興味がある方が多いのではないかと思います。ですから、「わたしも資格を持っています」「狭き門ですね」「大変ですね」こんな感想もいただけるかもしれません。学芸員についてご存じの皆さんは、おそらく資料の調査研究や展示などを行っている印象が強い方が多いのではないでしょうか。

実際にどうなのかと言われると、たしかに調査研究や展示はもちろん、資料の収集や保管、整理なども行っています。

わたしの仕事は、それだけではありません。館内で利用する物品の発注や館内の電球や蛍光灯を交換、事業者の方に依頼している業務の契約など、様々な仕事をしています。今までの経験でいえば、博物館の受付や刊行物の販売をしたこともありますし、草刈り機を持って史跡や敷地内の草刈をしたこともあります。

「学芸員」とは言うけれど――十人十色の「学芸員」たち

学芸員という仕事を知っている方には、「学芸員とはそんなことまでするの?」と思われる方もいると思います。実はこれに対する回答は、「まあそうですね」「いやいや違います」という両方があり得ます。それはそれぞれの学芸員が置かれている状況が千差万別であり、一概には言えないからです。下記の3つの事例は、わたし自身の経験やほかの方から聞いた話をもとにしたフィクションです。

Aさんの場合

Aさんは登録博物館に勤務しています。主に資料に関する業務を行う学芸課のほかに、建物の維持管理やいわゆる経理事務などを行う管理課、博物館に見学にやってくる小中学校などの対応を行う教育普及課があります。Aさんの所属する学芸課は、さらに2つのグループに分かれます。1つはAさんの所属する展示係、この係では常設展示や企画展、特別展などの企画と実施を行っています。もうひとつは資料情報係。こちらは、新しい資料の受け入れやお預かりしている寄託資料等の管理を行っています。学芸課のなかには、同じ専門分野(例:考古・中世史・近世史・近代史・民俗・保存科学など)の学芸員が複数名います。

Bさんの場合

Bさんはとある大学の博物館に勤務しています。学芸員は上司とBさんだけです。展示の企画実施だけではなく、収蔵している資料の管理まで、学芸業務の全般を行っています。人手が足りないため、大学院生や大学生のアルバイトを募集して、学芸業務の補助をしてもらっています。大学のなかに設置されているため、施設の管理は大学の事務の方が行っています。また、展示に関する契約や支払いなどの事務は、事務職員が行っています。

Cさんの場合

Cさんはとある市役所で働いています。学芸員として採用されていますが、博物館等ではなく、文化財保護の仕事をしています。試掘調査や報告書の作成のほか、国指定文化財になっている史跡の保存と活用を検討する委員会に関する事務も行っています。また、指定文化財の所有者から補助金の相談を受けたり、市が所有している文化財建造物の維持管理も行っています。新しく市の文化財に指定するための調査があるため、調査をお願いする先生や所有者の方への連絡も行う必要がありますが、日中は現場に出ているため、夕方に事務作業をこなしているようです。

Dさんの場合

Dさんはとある町にある小さな資料館の職員です。大学在学中に学芸員の資格を取得しましたが、地元の町役場の職員になりました。最初の配属先は、税務課で固定資産税や軽自動車税の担当をしていましたが、去年、異動になり資料館で働くようになりました。正規の職員はDさんだけで、館長は元地元の小学校校長を務めた人が、週に4日、嘱託職員としてきています。施設の維持管理から展示資料の管理、マスコミからの問い合わせ、契約や支払いのための事務もDさんが主に行っています。

Eさんの場合

Eさんはとある企業の社員です。その企業は市町村などから博物館等の運営の総合的な運営委託を行っている会社です。Eさんはその企業の社員として、博物館で学芸員として働いています。勤務先は特定のテーマを持った館で、館長はその筋では有名な方になっていただいていますが、実際に館に来ることは多くありません。実際の現場では、学芸業務はEさんが取り仕切り、管理や事務的な部分は本社から出向している社員が対応しています。事務を取り仕切る社員は本社の正社員ですが、それ以外の職員は契約社員やアルバイトです。Eさんも契約社員で契約の更新は、会社が運営委託を受けている5年間に限る更新すると言われています。

Fさんの場合

Fさんはとある市の職員として働いています。博物館に配属されており、その博物館には、博物館係と文化財係、市史編さん係があります。Fさんは博物館係の職員です。博物館係では、博物館の展示から維持管理まで、博物館と文化財や市史編さんを行う係の事務所の維持管理を行っています。博物館係には、係長を含めて4人の職員がいますが、全員が学芸員です。いわゆる経理事務は、みんなで分担していますが、主にFさんが行っています。

Gさんの場合

Gさんは、とある村の資料館の職員です。総務省の制度である「地域おこし協力隊」制度を利用した村役場の嘱託職員として、3年に限り雇用されています。資料館の館長は、本庁舎の生涯学習課長が兼務しています。Gさんのほかには、定年退職した後の再任用職員1人と受付の臨時職員(アルバイト)の方が2名います。再任用職員は、今まで博物館や文化財に関する仕事をしてきたわけではなく、あまりやる気もないようです。

Hさんの場合

Hさんは、とある市の博物館の会計年度任用職員として働いています。いわゆるアルバイトです。社会保険の関係で月14日勤務、勤務時間は正職員より短い時間に制限されています。資料の収集から展示、教育普及まで、学芸業務に関する一通りの業務を行っています。いわゆる事務作業や予算のことにはかかわっていません。任期は1年ごとの更新制です。内部のルール上、自動車が運転できない、住居手当が出ないなどの制限があるため、実家から通っています。

自身すら語ることが難しい「学芸員」

8人の「学芸員」を想像してみました。やっていて思ったのですが、この妄想は差分を用意していくらでもできる気がします。それだと永遠に記事が終わらないので、8人で終わりにしました。

みなさん、いかがでしょうか。身の回りに「学芸員」なる職業の人がいない方は「本当にみんな同じ職種なの?」と思うかもしれません。現役の学芸員や元学芸員の皆様は、「自分はこの人に近いな……」などと思ったのではないでしょうか。

なお、特定のモデルはいませんが、一応、次のようなイメージで設定を作ってみました。

  • Aさん:県立博物館のイメージ。県立館だと同じ分野の学芸員が複数いることも多いイメージですが、必ずしもそうではありません。

  • Bさん:大学博物館のイメージ。実は大学が設置している博物館の知り合いが少ないため、かなり実態とは離れているかもしれません。

  • Cさん:これは結構あるあるです。学芸員の有資格者として採用されているけれど、業務内容は文化財行政を行っています。このパターンは、考古学の方が圧倒的に多い。

  • Dさん:小さな自治体だと、そこそこあるパターンかもしれません。学芸採用されていないけれども、学芸業務に従事している例として書いてみました。

  • Eさん:指定管理者制度を用いて運営されている博物館のイメージです。通常の委託業務よりも、比較的長期の契約期間とはなっていますが、年限は決まっています。それゆえに、雇用される方についても、有期雇用である場合が多いです。

  • Fさん:博物館に市史編さん部署がくっついている&学芸員しかいないため、庶務担当を決めている事例です。

  • Gさん:総務省の地域おこし協力隊制度を利用している事例。最近、結構増えてきましたね……博物館だけではなくて、図書館で似たようなことを行っている事例もあります。

  • Hさん:この事例だけはほぼほぼ実体験。わたしがはじめて学芸員になったのはこのパターン。すでに20代後半だったので金銭的にしんどかったです。

これはあくまで一例で実際には、博物館や美術館、水族館、動物園、文学館、科学館などの種別(実は日本の法律(博物館法)上、これらのものは全て「博物館」と成り得ます)によっても差がありますし、その学芸員のポジションによっても業務の内容が異なります。

(おそらく局所的なものですが)ネット上で博物館や学芸員の状況や待遇などが問題になることがあります。その際には、様々な方のご意見を拝見してすることがあるのですが、「なんだかうまく嚙み合わないな……」と思うことが多々ありました。しばらく間、なぜなのかよくわからなかったのですが、いくつかの職場を渡り歩き、その謎の糸口を見つけました。同じ「学芸員」と呼ばれる人であっても、置かれている環境がまったくと言っていいほど違うのです。

もちろんわたしもそうなのですが、自らの経験をもとに様々な事項についてコメントすることが多いため、置かれている状況に差がありすぎる場合に上記のような違和感が生じるものと思われます。今後、この記事のような状況を踏まえた上で、「学芸員の専門性」について記事にしてみようかと思います。