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デート

今日の私は確実にキマっている。はっきり言って、今この店にいる女性客の中では私が最高に美しいはず。

 白いフリフリのワンピース(「着られなくなったから」と友達にもらったばっかりだ)。エナメルの(ようにも見える)白いヒール(チャイナタウンの屋台で見つけた)。ネックレスは可愛らしさをアピールするためにオープンハート(を妹からくすねてきた)。

 いつもより時間をかけて髪の毛をセットし、念入りに化粧もしてある。くるりと垂らした前髪から見え隠れする眉毛は太く凛々しく描いたし、口紅は誰もがハッとするような真紅を選んだ。
 すれ違う人たちは皆振り返った(かすかに笑い声がしたのは陽気のせいだろうか。子供に後ろ指をさされたのもまた気のせいね)。きっと実年齢より幾つも若く見えるに違いない。高校生に間違われたらどうしよう(12年前に卒業したのに…)。チップを弾んじゃおうかしら。

 シドニー郊外ノースエリア屈指の繁華街チャツウッドにできたばかりの店内は、休日の夕食を楽しむ客たちで賑わっていた。美味しいと大層な評判だ。
 
 最高にキマっている私の向かいには年下の若い男が座っている。私のパートナー。誰もが羨むシチュエーション…。 
 
 しかしそんな私、どういうわけか今現在幾つかの問題を抱えている。それが何ゆえなのか皆目見当がつかない。
 まず、目の前のこの男が何一つ喋らない。その上この男、短髪でまとめた顔の総合点は若さを加味して上手い具合につけてもいいところ70点。乾いた洗濯物の一番手前から適当に取ってきたようなシャツの趣味は70点。さして筋肉質でもない体つきも70点。確かプリクラ写真を見たときはもっとイケてる感じがしていたのに、なんてこと。しかもこの70点男、全く口を開かずに目を伏せてテーブル中央を見つめているのだ。
「今日私たちはデートをしているんじゃないでスムニカ?」と聞いてみるべきなんだろうか。

 そしてふたつめ。
 彼の右手は箸をもっている。その箸は時々肉をひっくり返す。その隣の肉をひっくり返し、またその隣の肉をひっくり返す。無言でひっくり返す。うーん不気味。

 信じがたいが、この店は独特の香り漂う韓国焼肉の店だ。初デートで最初に入った店なのに焼肉屋である。店内に入ってきた時から変わらずに焼肉屋なのである(しばらく目を閉じてみたが開いてもイタリアンレストランには変わっていなかった)。おかげで一張羅のワンピースは焼肉臭にどっぷりと絡まれてしまった。どうしてくれるのよ。帰ったら蚊取り線香で臭いを相殺させなくちゃ。ああ面倒くさい。

 彼は喋らないし、肉はなかなか焼けないし、私は白いワンピースを焼肉臭色に染めながらお通しのキムチで真紅の唇を洗うばかり。

 そしてもう一つ。隣のテーブルのちゃらちゃらした日本人4人がどうにも煩いの。ニヤついた冴えないおっさん二人と姐御的女二人。金持ちを気取りたいのか、山のように食い物を頼んでいる。豚にでもなりたいのかしら?共食いじゃないの、バカ。ふふふ。
 チラチラチラチラこっちを見ては、ヒソヒソと話をしているの。ああ、下品。まあでも私の美しさについて語り合っていることは分かっている。おおかた、このワンピースをどこで買ったのか聞きたいのだろう。知るかスムニダ!(私だって貰ったんだから)でも私の美しさは国境を越えるのね。美しいって罪。ああ、神よ。許したもれ〜。
 

「横の二人、全く喋らないんだけど。」
「デート、だよね?」
「男、なんで喋らないんだろう。女の方、あらん限りの化粧して頑張りました感一杯なのに、1ミリも動かないよ。可哀想過ぎるし。」
「口紅、赤っ!」
「せっかくの焼肉が、めっちゃ不味そうなんだけど…」
「なんで焼肉チョイスしちゃったんだろう」
折角焼肉を食いに行ったのに、隣のテーブルが気になって、ちっとも集中できなかった。でも豚肉はチョー旨かった。また行きたいし。
ちなみに俺らが店を出てからも、彼らの固まったままの姿がウインドーグラスの向こうにしっかりと佇んでました。
ちゃんちゃん。

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