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伯爵と令嬢は相企む

「みなさま、伯爵陛下をご存知ですか。齢19で家督を継ぐと、北に行っては蛮族を討ち、南に行っては呪いを払う。治める領地は常に潤い、町は常に祭りのように賑わっているという、まっこと偉大な名君でございます」

昼下がりの街を目的もなく歩いていると、大広場に人だかりができていることに気がついた。野次馬根性で近づいてみれば、吟遊詩人が語り引きをしているらしい。

しかも歌の内容が伯爵かぁ。

この王国で伯爵の名は国王の次に有名である。なんたって、吟遊詩人が歌うネタの6割が伯爵関連なのだ。聞かない方が難しい。

しかも、此処でその歌は、なぁ。

「伯爵様が素敵なことなんていつものことじゃねぇか!」
「ここは王都だぜ。伯爵を称賛する歌なんて聞き飽きてるよっ!」
「それは困った!語る前に話が知れ渡っているなんて、詩人泣かせの御仁だ!では、伯爵様の婚約者はどうですか?」
「えらい別嬪さんなんだろ?」
「ええその通り!肌は東洋の器のように白くなめらかで、髪は蜂蜜のように鮮やかにきらめく。一目見れば目を奪われ、声を聞けば心を盗られる。ついたあだ名は妖精姫。そんな絶世の美女が、此度にめでたく伯爵様の婚約者となられました!」

妖精姫の姿を想像したのか、周囲にいる男どもは虚空を見上げながらうなづいたりニヤけたりとせわしない。

妖精姫、ねぇ。

モノを知らぬとは良いものだ。妖精なんて連中は絵画や宗教画で描かれた姿と違い、もっとおっかない姿だというのに。

つい笑い声が漏れてしまうが、誰も俺に気づかない。これだけ周囲が賑やかなら、足元から声が聞こえても気づかないのだろう。

ま、ご主人を表すにはぴったりの呼び名だ。後でたくさん笑ってやろう。

「出会ってすぐに意気投合したおふたりは、どこに行くにもご一緒で、第三王子の誕生日にもお二人で参加されました。そこでのプレゼントはなんとなんと近衛騎士!王国一の女騎士「銀影」を御側付きにさせてとか!」

第三王子と「銀影」の話になると、民衆から歓声が上がった。

ま、当然の反応だろう。幼いながらも聡明と名高い第三王子と、すでにいくつもの逸話を持つ「銀影」の話は、最近のトレンドだ。盛り上がらないわけがない。

「王位継承権を争う第一王子と第二王子。その争いで王の血が途絶えることを恐れた伯爵は、自ら第三王子の庇護者となり、王位の争いには一切参加させないことを国王に誓いました。ですが王子はそんなことなど露とも知らず、己が才覚を存分に披露しております。「銀影」に至っては「草原大蛇一騎駆け」や「鬼人集との戦い」でご存知の方も多いでしょう!今日は新たに、そのおふたりが討伐したーー」

話が伯爵から第三王子に移ったので、俺はその場を後にした。

なんというか、周囲にはあんな風に見られていたのか。
俺はこの後に出会う二人の姿を思い浮かべながら、つい、ため息が漏れそうになった。

◯     ◯     ◯     ◯     ◯

「伯爵様、今日もお疲れ様です」
「君こそお疲れ様。まだ国王の前はなれないかい?」

ランタンの照らす明かりの中、暖炉の前で陣取る俺を無視するように、2人の男女が部屋の中で向かい合って座っていた。

互いの前には、注がれたばかりの紅茶が東洋から届けられた白磁の器に注がれている。伯爵が先に手にとり、口をつける。

「でも、慣れてもらわないと。仮面とはいえ、婚約者、だからね」
「ええ。私たちの目的のために、こうして一緒になったんですもの。当然ですわ」

妖精姫は微笑むと、伯爵に続くように、目の前に置かれた紅茶に手を伸ばした。

全く、世の伯爵と妖精姫の話を信じている者たちにとって、信じられない話を私の頭上で始めないでほしい。信じている人間が哀れに思えて仕方ない。

「君も知っている通り、僕の名声は、少しばかり大きくなりすぎてしまってね。下手に同列の貴族と婚姻を結ぶと、争いの火種になりかねなかったんだ。だから君の様に、家の格が低くて、なおかつ私が娶るに足る理由がある人物が欲しかった」
「それはこちらも同じことですわ。妖精姫なんて大層な名前のおかげで縁談はたくさんいただきましたが、どれを受けても角が立ちましたからね。伯爵様でしたら、誰もが納得するでしょう」
「ふっ。知っていたけど、打算で選んだと言って怒らないんだね」
「ええ。私も打算で選んでいますもの。お互い様でしょう?」

政略結婚というよりは、お互いの事情をすり合わせた結果、ちょうどよい相手が目の前の人物しかいなかった、という感じだろう。

片や貴族の名門にして名君と名高い伯爵。片や弱小貴族出身ながら見る者全てを虜にする社交界の華。婚約するにも格や配慮を必要とするとは、人間というのは面倒な生き物だ。

ま、その面倒な奴の下にいる俺も、充分変なやつってことなんだろうけど。

「でも、君が私の真の目的に賛同してくれたのは意外だったよ」
「それはこちらのセリフですわ。私にとっても、この提案は願ってもないことでしたから」

人前ではみせないような、ひっどい笑みだ。口角がこれでもかとあがっている。
いつもどこかで見たことがあると思っていたが、これはあれだ。こいつらがよく見る「劇」という奴に必ずいる、悪い役の顔だ。

二人は立ち上がると、互いの手を取る。
そして、声高々に互いの野望を語りだした。

「全ては、あの可愛いくて純真な王子のために!」
「全ては、あの凛々しくて芋っぽい銀影のために!」

……今が夜で、ここが自分の屋敷で良かったな。みんなこいつらの奇行を知っているから無視してくれているんだからな。

「ああっ! あどけなさの残る愛くるしい顔立ち! 白磁のごとく透き通る、健康的な白い足。私を見て伯父様と笑顔で駆け寄ってくる穢れなき眼さはまさにっ、天使っっ!」
「美しい剣さばきとそれに似合わぬ無骨さ! 礼節への無知とそれを恥じる表情! 無作法さを補って余りあるほどに整った顔立ちと髪の色つやはまさに、地上に降りた女神!」
「私が王子の後をこっそりつけていた時に君を見たときは切り捨ててやろうかと思ったが、まさか王子が、銀影とああも仲良く、私にも見せたことのない笑顔をするとは思わなかった!」
「私の銀影の影に男がいらしたので汚名でもぶち込んでさしあげようと思っていたら、まさか、王子にあんな! 母親のようでいて乙女のような顔をしていたとは! すごくいい!」
「あの時、我々の目的は一致した」
「ええ、必ずやこの二人をくっつけると。そしてその甘酸っぱいやりとりを一番近くで拝ませていただくと」
「ああ! 私以外にそんな顔をするなんて! 王子!」
「ああ、普段と違う女らしいあなたもまた素敵です! 銀影様!」

……これが、この国での名声と羨望を一身に受ける名君と姫の姿か?
感情の赴くままにのけぞったり叫んだり、しまいには手と手をとってダンスまで踊り始めたぞ。

「陰謀策謀の類は私でも対処可能ですが、武力でこられると困りますからね。貴女の提案はまさに、渡りに船でした」
「私としても、騎士階級出身で政治のいろはもわからぬ銀影が、豚さんの愛玩人形にされるのは心外でしたからね。あなたのような後ろ盾ができて本当に良かったですわ」
「ま、僕としては、もう少し童顔で胸の大きな婚約者が良かったたけどね」
「あら。私としても、もう少しガタイの良い男らしい顔の殿方が良かったですわ」

相手への小さな不満と同じくらいのノリで、政治闘争の話をしないでほしい。そういうのはこう、もう少し大事なもんなのだろう。知らんけど。

いや、目の前に婚約者がいるのに別の人間を褒めちぎりあっているのもおかしいんだけどな。普通の貴族とは絶対違う気がする。

俺が暖炉の前で二人の異様な会話に耳を傾けている間に、準備した紅茶は飲み終わったらしい。立って飲むなはしたない。

姫が伯爵に向かい、手を差し出す。

「さぁ、夜も更けてきましたし、そろそろ」
「いつも思うのだが、君はタイプではない男と一緒のベッドで良いのかい」
「まぁ確かに、抱きしめられた時の胸筋ですとか、上腕二頭筋の薄さが気になりますが」
「悪かったね」
「ええ悪いです。ですがまぁ、パートナーとしては気に入っておりますから。ええ、肌に触れさせても良いと思うほどには」

そう言って微笑む妖精姫。長年そばにいるからこそわかるが、これは社交界などで見せる、
外向けに作られた完璧な笑顔ではない。俺やごく親しい人間のみに見せる、自然な表情だ。

伯爵は少し目を見開くと、口元を緩め、その手をとる。

「私も、君を抱きしめた時にこう、物足りなさを感じないこともないが、君で良かったと思っているよ」
「なるほど……それは喧嘩をしたいということですわね。ぶっとばしますわね!」
「おかえしだろ!」
「私だって気にしているんですよ!」

握られた手を思いっきり引っ張って伯爵をベッドの上に倒すと、姫はそのままマウントポジションを取るべく伯爵の上にのしかかる。

きしむベッド。だかその上で繰り広げられているのは、なんとも子供じみた喧嘩、いや、じゃれあいのようなナニカ、だ

まったく、飽きずによくやるよ。

姫の使い魔であり、由緒正しきケット・シーである私は、ベッドの上の乱闘を無視して、ふかふかのカーペットの上で丸くなるのであった。

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