【column】 拙著 『週末でつくる紙文具』 がドイツで翻訳出版された話
まったく予想だにしないことだった。5年前にグラフィック社から出版された拙著『週末でつくる紙文具』が、ドイツ語に翻訳されるなんて。スイスのHaupt社から出版されたドイツ語版が、いま、この手にある。よく知っているはずなのに、ひさしぶりに会ったら印象変わってた……みたいな不思議な距離感。だけど、これは確かにわたしの本だ。
タイトルは『JAPANISCHES PAPIERHANDWERK』。わたしはドイツ語はさっぱりなのだが、直訳すると「日本の紙の手仕事」といったところか。この本は、ノートやメモパッドやアルバムなど、週末に気軽につくれる紙の文具30種のつくり方を収めた一冊なのだが、ドイツ語版では邦題のキーワードだった「週末」と「文具」は跡形もなく消え去っている(笑)。しかし、ドイツ語版の編集者さんが配した3つのキーワード「日本」「紙」「手仕事」から、なぜわたしの本を翻訳出版しようと思ってくれたのかがストレートに伝わってきて、膝を打った。
わたし自身、この本をつくるときに「日本らしさ」などというものはまったくといっていいほど意識しておらず、むしろそういう色がつかないよう、極力削ぎ落としたつもりだった。ヨーロッパの編集者さんが、そこに「日本らしさ」を見出した……というのがおもしろいじゃないか!
せっかくなので、「製本」の視点からドイツ語版を観察したいと思う。
判型は、日本語版のB5よりも若干大きい。これがヨーロッパの原紙の取り都合によるものなのか、実用書界で好まれるサイズなのかはわからない。
表紙の仕様は、日本語版の「並製+ジャケット」とは違って、ドイツ語版では「雁だれ」となっている。雁だれとは、表紙の前小口(本文の開く側)を内側に折り込んだもの。三方を同じタイミングで化粧断ちする並製と違い、前小口を化粧断ちしたあとに表紙をつけ、それから天地を化粧断ちしなければならず、ちょっと手間がかかる。
表紙の用紙は300gsm程度で、マットPPがけ。日本ではジャケットつきが主流だが、ヨーロッパでは本体が剥き出しの場合が多く、この本も然り。そんなわけで、日本語版のジャケットデザインがドイツ語版の本体表紙になっている。つまり、日本語版の本体表紙のデザインは行き場を失い、どこにも反映されていない。紙文具のイラストが並んでいて、結構かわいいんだけど。
日本語版とドイツ語版の最大の違いは、ページ数が増えたことだ。日本語版は112ページだがドイツ語版は128ページで、1折分増量。これ、わたしが加筆したわけではなく、レイアウトの調整によって増えている。一つには、ドイツ語に翻訳したときに文字数がぐっと増えたため。もう一つには、ある程度の束(つか=厚さ)があったほうが売りやすいためだと聞いている。
本文用紙は日本語版よりもラフで、斤量は100gsm程度か。多少色が沈んでいるのは否めないが、これはこれで写真に合っているし、少々ざらつきのある印刷の感じもいいなと思う。
そして、妙に開きがいいと思ったら、まさかの糸かがり! 実用書は開きがよくないといけないから、ってことなんだろうか。それとも、ローコストで糸かがりする仕組みがあるのか。さらに驚いたのは、32ぺージ折で糸かがりしていることだ。128ページをたった4折で構成しているわけで、1折がものすごーく厚い。かがりの機械がタフなんだろうか。
こうして見比べてみると、ヨーロッパの製本事情が垣間見られて興味深い。ちなみに、奥付には「Printed in Italy」とあり、印刷のみならず、製本までイタリアでやっているのではないかと思う。昨今、ヨーロッパでは印刷・製本といえばイタリアなんだろうか。あぁ、世界は知らないことばかりだ。
ところで、ドイツ語に翻訳されると聞いたときから気になっていたことがある。「ドイツ装」をどう訳すのか、だ。ドイツ装とは、表紙の背と平(ひら)に異なる素材を使った様式のことで、『週末でつくる紙文具』ではドイツ装をベースにしたポートフォリオのつくり方を紹介している。
ところが、この「ドイツ装」は日本独自の呼び方で、さらにはその意味するところも製本所によってまちまちという、かなり曖昧なことばなのだ。そのまま訳されてしまったら、ドイツ語圏の製本家のみなさまに「あん?」といぶかられてしまうんじゃないかとびくついていた。そわそわしながら翻訳サイトにそのページのテキストを打ち込んでみると……「ドイツ装」ということばをあっさり外して訳してあった。そりゃそうか。
ひさしぶりにこの本を開くと、日本語版『週末でつくる紙文具』をつくっていたときの感情がよみがえる。いまになってみれば「もっとこうすればよかった」と思う点がないとはいわないが、あのときのわたしなりに全身全霊を捧げてやりきった。そうやってつくった本が海の向こうで出版されるなんて、本当にありがたいことだと思う。
ドイツ語版は、スイスのドイツ語圏、またドイツで販売されているようだ。ドイツにはこれまで何度か訪れる機会に恵まれたが、とりわけ3年半前の渡独は「製本旅行」ともいえるもので、格別だった。美篶堂の上島明子さん、製本家の小関佐季さんと一緒にグーテンベルク博物館を訪ねたり、タイプディレクターの小林章さんにお会いしたり、憧れの製本家さんのアトリエにお邪魔したり。目眩がするほどキラキラとした時間を過ごした。そのドイツで自分の本が出版されるなんて、あのときは夢にも思わなかった。
製本が、この人見知りで出不精なわたしを、思いもよらぬ地へといざない、思いもよらぬ人々との出会いへと導いてくれた。ありがとう。これからも、ずっとつづけるね。
●『週末でつくる紙文具』永岡綾(グラフィック社)
● 『JAPANISCHES PAPIERHANDWERK』Aya Nagaoka(Haupt)
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