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『忘れてゆく』遥葵音作


コホコホ。
咳をする。
気だるさを引っ提げて今日もまた息をする。
社会人2年目。休む訳にも行くまい。
微睡みの中目覚ましのアラームがなる。
バシン。強く叩きすぎたかな。
と思いながら音を切る。
コホコホ。
またひとつ咳をする。
布団から起きて顔を洗って歯磨きして、あー何もかもが億劫だ。
布団の中で身じろぐ。
コホコホ。
また咳をする。
気だるさに任せてまた微睡む。
あの高校の部活の日々に。
泣いて笑って仲間と共に悔しがって、勝って負けて、それでも楽しかったあの日々に。
汗をかいて、泥のような泣いて、馬鹿みたいに笑って騒いだあの日々。もう戻れはしない。
今となっては過去になり、打って変わってしまったけれど。
あの青春の日々に思いを馳せて。
コホコホ。
咳をする。
微睡みの中、『ありがとう』とだけ、嫌に耳に残る声がする。はて、誰の声だったか。
あー、こーやって、忘れていくのだろう。
そう思うと悲しくなった。
今日はこの気だるさに身を任せて微睡んでいよう。

きっとこの日々を忘れてしまう日が来るのだから。

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