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タンザニアの商人が教えてくれた“予定表のない働き方”

“スペシャリスト的”な働き方をする私達

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⑴Aさんの場合

大学新卒で入社した企業に現在に至るまで10年、営業として勤務しているAさん。特段今の会社に不満はないが、心のどこかではデザイナーになりたいという夢を諦めきれずに悩んでいる。しかし、デザインを専門に学んだ経験がなく、未経験から転職をするという選択に踏み切れないでいる。

⑵Bさんの場合

大学卒業後は、脚本家という夢を叶えるべく奔走するBさん。現在はコンビニの夜勤バイトと早朝の新聞配達のアルバイトを掛け持ちしている。脚本家活動の忙しさに合わせて、アルバイトを変更しつつ、最低限の生活資金をやりくりしている。

AさんとBさんの事例を引き合いに出し、もしどちらの現在の働き方が“安定”していると思いますか?そんな問いかけをしたとする。恐らく、大半の方がAさんの現在の働き方を選択するだろう。そしてAさんを選んだ理由を問うと“会社員で働き続けた方がなんとなく安心”とか、 “Bさんの働き方ではあまりに不安定だから”などの声が上がりそうである。

しかし、一方でAさんが転職を踏み切れないでいるように “Bさんの働き方は憧れる、けれど自分に環境を急激に変える自信はない”と答える人も中にはいるのではないだろうか。自分の理想とする道に行きたくても、自分事となると現在の“安定”を捨てられずになかなか踏み切れない。ともすると、Aさんの背中を押したくなる、そんな気持ちになった方もいるのではないだろうか。

現在のAさんが同じ企業に勤め続けているように、同じ会社/似たような分野を軸に一貫性を持った働く方法を“スペシャリスト的”と定義する。スペシャリスト的な働き方は私達に“安定そう”という印象を少なからず与えてくれる。
しかし、一方で、Bさんのように。全く異なる分野の仕事を複数掛け持ちし、時には仕事場を変える“ジェネラリスト的”な働き方をしている人々をご存じだろうか。日本から遥か遠くで暮らす、タンザニアの商人。ともすると“不安定”と表現するに致し方ない彼らの働き方を今回は紹介する。

“ジェネラリスト的”な働き方をするタンザニアの商人

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タンザニアでは、都市人口の66%が零細商人(荷物を担ぎ、各々の場所で)や日雇い労働者と言われている。仕事を頻繁に変える彼らだが、そうした生き方が良くも悪くも“特異である”と注目を浴びるような事はない。 私達からすると“不安定”という印象を持ちかねない、仕事場や仕事内容が高頻度で変化する“ジェネラリスト的”な働き方は彼らの国の社会経済としては主流派なのである。とはいえ、生きていく上ではやはりある程度の生計見込みが必要である。一見、私達からすると“不安定そうに見える”働き方で彼らはどうやって生計を立てているのか。

その問いへの答えは「個人単位・家族単位それぞれの生計戦略化によって対応する」が当てはまる。

まず、彼らは「仕事を1本化することはリスクが高い」という考えに基づき、個人単位で複数の仕事を持つ場合が多い。雇われの身として、建設現場での契約労働をしつつ、並行して自身で企てたやりたい事業、革サンダル加工等を行うといった具合だ。仕事が正規・非正規問わずクビになること、給料カットや未払いになることは日常茶飯事であり、リスクを分散させる意味も込めて収入源を複数確保することで生計の維持に努めている。

また、家族間でも収入のバランスを取るように工夫する。例えば、夫婦間であれば、仮に夫が建設現場の契約労働など一定の収入が見込める仕事についている時、妻は新規の商売に打ち込む。逆に夫が、新たなビジネスを行う時は、妻は少なくともその時食いつなげるだけの見込みがある仕事を行うといった具合だ。子供がいる場合は学校から帰宅すると、庭で採れた果物をお手伝いとして売りに行かせる事もあるようだ。

こうして、個人や家族間で収入源を分散させることで彼らは仕事を頻繁に変えつつも、生計を立てるために努める。

根底にある私達とタンザニアの商人の仕事に対する考え方の違い

これまで、都市人口の7割が頻繁に仕事を変える“ジェネラリスト的”な働き方をすること。また、そうした働き方をする上で、個人や家族間の収入源を分散させ、生計を立てていることについて述べてきた。しかし、そもそも何故彼らがこうした働き方をするのか。彼らの根底にある、私達との“働く”事への考えの違いに着目する。

⑴タンザニアの人々にとって未来は不確実であり、到来を願うものである

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タンザニアでは人口の80%が35歳以下であると言われている。また、世界保健機関(WHO)の調査によると、平均寿命のランキングにおいてタンザニアは194か国中155番目。彼らにとって、 “未来”や“老後”という概念は当たり前ではない。未来は不確実なものであり、その到来を願うものなのである。

私達の間でまだ主流と思われる、 “同じ会社に勤め続ける”あるいは“同じ仕事内容の仕事を行う”というスペシャリスト的な働き方の根底には少なからず“均質な時間が未来に向かって流れている”という考えがある。しかし、未来の到来が当たり前でないタンザニアの人々にとっては明後日の計画を立てるより、明日の朝を無事に迎える方が大切。こうした状況ゆえに、考えの根底には“時間は不均質である”という考えがある。

そのため、サーフィンの波乗りの如く、目の前の好機を上手く捉え、その時の状況に応じて自身を変化させる方がよほど理にかなった働き方なのである。そんな彼らにとって計画的に資金を貯めること、将来に向けて知識や技能を獲得することは非合理かつ危険とも言えるのだ。こうした考えに基づき彼らは仕事を頻繁に変える。

⑵タンザニアの商人はいい意味で「仕事は仕事」と仕事へのこだわりを捨てる

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「仕事は仕事」と聞くと、どこか仕事に対して投げやりなイメージを持つ。辛くても、仕事の時は切り替えないといけない、など。そして私達が実際に「仕事は仕事」というフレーズを使用する時、とある仕事に対して突出した欠点(給与面/人間関係など)を見出しているが、妥協しないといけないときもあるよね。といった意味合いで使用される。仕事を“悪い“面のみに着目し、それを仕事の総評とする。

しかし、タンザニアの人々は決してネガティブな意味合いに限らず「仕事は仕事」の表現を使用する。1つの仕事を見ても一概にいい/悪いは判断できないよね。良い給料でも、ハードワークである。安定しているが、雇われの身なのでボスの顔色を伺わないといけない。など、1つの仕事の多面性を許容し、あまり仕事に対して執着していないのである。

こうした考えに基づいている為、彼らは頻繁に仕事を変えることに対する抵抗が少ない。

タンザニアの商人は予定表のない働き方を通じて“経験”と“社会的関係値”を獲得する

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不確実な未来よりも、目の前の好機を捉える。そして、如何なる仕事にも良し悪しがあると考えて職業を次々と変える。こうした、一貫性がなく浮遊しているとも取れるタンザニアの商人の働き方。しかし、こうした働き方であるからこそ得られる価値は大きく2つあるという。

まずは、何よりも“経験”を得られる。とある零細商人は「我々はたとえ、商品を全て盗まれてもまた歩き出さねばいけない」という。単に受け身で仕事をするだけでは得られない主体性が求められる環境。何かが無くなってしまった時に、別の手段を自ら考え、自らの手で埋める力。常に思考の主体でいることで例え仕事自体が変化しても、経験で得た、自らの手で切り抜ける力自体は活かすことが出来るだろう。

そして、社会的関係値も同時に得られるという。多くの場合、彼らが新たなビジネスを始めるのは知人や友人と意気投合によるものだという。人との繋がりがビジネスを生み、ビジネスを通じて更に関係値が築かれる。例え特定のビジネスで失敗しても、それが関係値の悪化による物でない限りは存続する。その後、例え各々が別の仕事に従事しても、何かの折に再会した時にはお互いを助け合う。若しくは、再び別のビジネスを行うという訳である。

転職をする、それも全く別の業界や業種へとなると「なぜ?」とか「本当に大丈夫?」という声掛けをどうしたって受けてしまう私達。自分の“やりたい”の声に反して、 “同じ仕事を続ける方が安心”と仕事に一貫性を求める考えの圧力が存在するのは仕方がない事だろう。しかし、未来に向かって流れているのは紛れもなく、不確実で不均質な時間である。果たして未来は本当に現在と同じ状況の延長に存在するのだろうか。

「それぞれの日は似ていない(まったく同じ日は1つもない)」

タンザニアの商人はよく、この表現を使うという。同じ環境を保つことが安定なのか、というかそもそも“安定に働く”とは何だろうか。改めて考えさせられる表現である。

フリーランス、ダブルワーク。新しい働き方は十分に選択肢としてある事は理解しているものの “不安定”の印象が抜けず現在の環境から踏み出せずにいる。そんな風に、仕事場を変えることや専門的スキルを学んでいないから、と違う職種への挑戦に抵抗がある時。

タンザニアの商人の働き方を頭の片隅に思い出し、行動すると案外得られる経験や関係性は多いのかもしれない。

【参考文献】
小川さやか 「その日暮らし」の人類学 もう一つの資本主義経済 光文社新書 2016

【筆者あとがき】
今回の執筆記事はwebメディアにて惜しくも不採用となってしまった記事です(働き方が多様化する今。考え方として完全に新しい働き方ではない、というご意見をいただきました)

ただ、自分の中でタンザニアの商人の「その日を暮らす」という今に集中する生き方が凄く新鮮かつ好きでした。

価値観として持っておくと「未来は当たり前ではない」「良くも悪くも仕事は仕事」とふとした瞬間に思い返し、自分の生き方の選択肢の1つになりえるかもしれません。

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