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▼日常▼ ベトナムの旧正月で、家族が集まる前に料理を作らなきゃ。ローファイな絵柄で描かれる、新年に向けて料理を作る『TET』【月の裏側のビデオゲーム】

●シーズンテーマ『日常』で特集しているタイトルです

年末年始は好きだ。長く積もった澱を洗い落とすような気持ちになるから。年が変わるめでたい日は、おそらく世界のどの国も変わらないものだろう。

ただ年が変わるその日の風景は、国ごとにまったく歴史や文化は違うので日本とは程遠いことも多い。その違いは食事によく現れている。韓国や台湾などアジア諸国は文化的に近いものがあるが、新年の食卓に並ぶ食べ物はおせちやお雑煮の並ぶ僕の国とは距離がある。

こと、ベトナムにおける旧正月に関してはさっぱり知らない。だけど『TET』という短編を遊んでいると、年明けに間に合わせる前に家族で新年の食事を作っていたころを思い出すのだった。

『TET』とは、ベトナムの新年を表す言葉だ。本作は新年を祝う食事を、友達が集まる前に作るゲームなのである。ゲーム自体は無料でプレイ可能。プレイ時間は5分くらい。だがゲームオーバー(らしきもの)もあり、それなりに(料理を作り直すみたいに)リトライしながら新年の準備をしていくわけである。

執筆 / 葛西祝

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さてテトの日に、親族が集まるまでに時間はそんなにない。キッチンタイマーを目いっぱい捻って、使えるのはせいぜい数時間かそれくらいだろうか?

『TET』では祝いの日だからこそゆっくり丁寧に、ってのは許されなくて、時間内に効率よく料理していくことが求められる。このあたりの「意外に時間がない」あたりはよく考えたら新年らしいといえばそうかもしれない。もう年の変わり目ってことでだらだらしてしまうしね。いやベトナムと、自分のよくある年末の気分が当てはまるってわけじゃないけれど。

とはいえ本作で作る料理自体は、日本のおせちのようにそこまで複雑なレシピや調理が必要だってものじゃない。まあ時間も限られているし、まずはみんなが「ああ、新年らしいですね」と納得はしてくれる、生春巻きとフルーツを添えたものを出すつもりだ。


ゲームプレイでは生春巻きを作るために、変な話アクションの各ステージをクリアするかのように材料のひとつひとつを切ったり洗ったりしていく。

まるでペイントソフトでさらさらと手描きしたみたいなラフな画風ながらも、このローファイな絵肌がなんだかベトナムの旧正月の雰囲気を表しているような気にさせられる。

日本でおせちの準備をしていると、その重箱に隙間なく整然と食べ物を並べることもあって、まるで製図を丁寧に引くみたいに新年の準備をしていたような気持ちにはなるんだけど、(少なくとも)『TET』ではある程度ラフにやっちゃっていいみたいだ。

『TET』の友達自体もそんなにたいそうな料理に期待しているわけじゃなくて、まあまずは主な春巻きが準備されていればそれでいいのかもという感じはする。

とりあえず、みんなが来るまでに作り上げられれば今年もやることはやりました、ゆっくり過ごしていきましょうという、僕らが普段感じているような新年らしい時間がそこにあるんだと思う。

本作を開発した中心人物はシャーロット・ブロカールさん。スイスとベトナムにアイデンティティを持つイラストレーター兼ゲームクリエイターとのことで、本作の基本的な絵も彼女の手によるものみたいだ。

シャーロットさんに協力するかたちでさまざまなスタッフが集まってつくったが『TET』ではある。ただ、ベトナムの詳細な文化の紹介というよりも、さまざまな出身国を持つ友人たちとの集まりのなかで、自分のアイデンティティであるベトナムがどんな文化なのかを仲間に紹介するような印象が強い。実際、集まった仲間の身なりからそれが見えてくるというか。

『TET』はゲームプレイというかたちで、いま世界のさまざまな場所で生きている人の、ルーツとなるものに触れに行く、という意味が大きいのかもしれない。シンプルだけど、外国の友達の家で、友達がルーツとしている食べ物を分けてもらうような、そんな体験のように思う。

正月といえばお年玉がつきものだ。『TET』でうまく料理を作り終えたなと一息つくと、最後にシャーロットさん自身が登場して、好きな価格を送ることができる。まあめでたい日だ。自分が納得するお金をポチ袋ならぬSteamだとかItchだとかのサービスを経由して渡してもいいじゃないか。

葛西祝
令和ビデオゲーム・グラウンドゼロ主催。
「ジャンル複合ライティング」というスタンスで、ビデオゲームを中核に映画や現代美術、文学、あるいはスポーツや格闘技なども越境するテキストを作り続けている。
●Twitter:@EAbase887 ●公式サイト
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