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躁状態について~「ご機嫌」と「病」との境界線

「あれ、この人こんな人だったっけ?」
「元気そうだけど、最近様子が違う…?」
「いい人だけど、地に足がついてない感じだなあ」

身近な方に、そんな風に
感じる方はいらっしゃいますか?
もともとのキャラが
そうさせている場合もあれば、
心の病が見え隠れしている場合もあります。

今日は、「躁うつ病」「双極性障害」の
躁状態について考えてみます。


私は今から15年ほど前に
躁うつ病…「双極性障害」を発症しました。

発症からひとまず寛解するまで
約2年かかったのですが、

発症当時の私は「躁」の症状が
比較的顕著でした。

しかし、完全に振りきれてるタイプの躁でもなく、「軽躁」の延長みたいな状態だったので、

「陽気」「元気」「やや奔放」
だと思われる傾向が強く、

その影で興奮状態で
なかなか眠れなくなっている事や、

実はガス欠状態なのに
走り続けているだけ
(止まれない)という状態に
陥っている事には気づかれず
(自覚も乏しく)

ふらふらになりながら仕事しているのに
「おっ!今日も元気だねえ!」なんて
言われたりしていました。

初期の段階では、本人もまわりも
性格なのか、病気なのかの
判断がつきにくいため、
気付かないまま進行してしまいます。

次第に、

気が大きくなってしまい、
本来であれば言わなくてもよい
余計な事を言ってしまったり

謙虚さを忘れてしまい、
自惚れている自分に気付けなかったり

人から何を言われても
耳を貸さなくなってしまったり

人によっては性的に奔放に
なってしまい浮気を繰り返したり

元気そうだけど実は身も心も
燃料不足でカスカスな状態なのに

そんな自分に自分で
ブレーキをかけられず、

周囲への配慮も乏しくなり

人に迷惑をかけたり、
嫌な思いをさせてしまっているのに、
その事を自覚する事もできず

気付いた時には
周囲からの信頼を失っていたりして、
そこでようやく気付いて…
場合によっては一気に落ち込んで
うつになってしまったり。

ここに書いた事全てが私や
全ての患者さんに
あてはまるわけではないし、

明らかに病気だと分かるほど
もっと症状が重い人もいれば、
病気だとみなされなくても
そういう傾向の人もいます。

ただ、かつては朗らかだったのに、
最近変にギラギラしてしまっているとか、
優しいはずの人だったのに
周囲への配慮が出来なくなっているとか

何か違和感を感じる場合は、
注意深く関わったほうが
良いかなと思っています。

そういう性格なのか、
病気がそうさせているのか
両方なのか
分かりにくかったりするのです。

なんで今こんな事を書いているかというと、
私自身、最近また軽躁の傾向がでてきてたかな?なんて思って、今ちょっと注意しながら自分を眺めているところだからです。

躁鬱はきっかけが無くても起きる場合があるとも言われていますが、私の場合は確実に、ストレスが引き金になっていて

大抵は、「最終的に自分で解決しないといけないけど、現状ではどうにもできない」と感じている場合に起こりがちです。

最近はストレスを感じながらも体調はよく、あまり眠らずともよく動けていたのですが、自分が「最近調子が良い」「色々うまくいっている」と思う時ほど、謙虚に自分を見つめる必要があると思っています。

そのまま調子に乗ってしまうのも楽しくはありますが、「自分さえ良ければよい」「今さえ良ければよい」という楽しさは、所詮、一時の癒しにしかすぎないですからね。

リラックスできていなくて興奮状態が続くときは、あえて生活のペースを落としたりして調整するようにはしています。

周囲に躁状態かもしれない人がいる場合
その人に真っ向から注意しても
ほぼ、無意味だと思います。

燃え尽きたり失敗することでしか止まれない場合もあるので、少し遠くから眺めて、本当に助けが必要だと思うときは、周囲の方と対応を話し合ってほしいなと思います。

躁的な傾向があると自覚できる方は
外的な刺激ばかりを求めるのではなく、

普段から1人で自分と向き合う時間を持って、自分を見つめるトレーニングができるといいのかなって思います。

「私は、自分を客観的に見ることが出来ている」と話す躁的傾向の人に何人か逢った事があります😅

自分の事って、分かっているようで分かってなかったりするから、周囲が自分をどう見ているのか意識を向けながら自分を顧みるのも、時には必要かなって思ってます。

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